「危ない!転ぶぞ!」


抱きとめられるような態勢になり、ますます心臓の音は加速し始めて……



「か、課長!もう帰りましょう!」


慌てて突き放して立ち上がった。
これ以上一緒にいたら私の心臓がもたなくなる。


「は、早く帰らないとピーチちゃんが待ってます」


それはどうか知らないけれど、少なくとも誰もいない訳ではない。

課長は唖然とした顔つきで私のことを見ていました。

それから目線を下げ、小さく息を吐き出した。


「……そうだな」


立ち上がってくれた。
だから、私も安心してしまい……。


「でしょ。じゃ帰りましょうか」


背中を向けて直ぐだった。
課長の手が前の方に伸びてきたのは。


ふわっと抱きとめられてしまった。
体に触れそうで触れないくらいギリギリの線で。



「ムードないな。君は」


髪に課長の息がかかる。

震えだしそうな程ときめいてる自分に気づき、声も出せずにいた。



「そんなに言うなら帰ろう」


手を解いて歩きだす課長。

その背中が残念そうに見えるのは私の気のせいだろうか。



床に視線を落として課長の靴の踵を追いかけました。

一歩づつ縮まっていく距離を見つめながら課長のことばかり考えている自分に戸惑う。


私はただの宿借りのはずなのに、こんなに気を持たされては困る。

泰明と同じ男の人なのに、優しくされ過ぎると迷ってしまう。