「りいちゃん、りいちゃん」


 皐月のある暖かい日。
 ママに呼ばれた気がして、りいは
 目を覚ます。

 りいはこのときまだ4才。
 しかも、ママはある難病にかかって
 おり、入院生活を送っていた。

 けれど、今日は、元気がいい。
 「りいちゃん、堤防に行こっ」
 「うん」

 堤防の芝生に寝転がる。
 見上げればどこまでも広がる青い空。
 凛々と生えている草。草たちは春の生
 暖かい風でゆらゆらと揺れている。

 「りいちゃん」
 「なあに」
 「りいちゃん、この鍵をあげる」
 見たことのある鍵だ。ママがいつも大
 事に持っていたアレ。なぜ大切にして
 いるのかはりいには分からなかった。

 「どうして、くれるの」
 「そっかぁー、りいちゃんはそんな
  とこに目をつけちゃうかぁー」
 「目をつけるって、なあに?」 
 
 
 ママはその質問に答えず、ただただ
 沈黙が流れる。風の音しか聞こえない。

 「これから先、楽しいこともいっぱい
 あるけど、苦しいこともいっぱいある
 んだよね。」

 りいは急に悲しくなってきた。

 「だから、どうしても苦しい時は、
 この鍵でお母さんを呼んでね。」

 ママはちいさな袋に入ったあの鍵を
 ちいさなちいさなりいの手にのせて
 くれた。

 「わかった?」
 「うん」
 りいがうなずいて、ママは少し満足
 そうに笑顔を見せた。

 「まま、でもどうやってつかうの」
 横を見た。ママはいない。

「ねえ、まま、まま、どこにいるの」
 りいの声に応える者はいない。りい
 は鼻がつーん、となるのを感じて目
 をこすった。
 どうしよう。どうしよう。
 まま。まま。
 
 どこにいるの?? 
  
 さっきまで青く染まっていた空はグレ
ーに包まれて今にも雨が振り出しそうだ。

りいは記憶をたどって急いで家に帰った。