車の中を静かな音楽が流れている。

先生は前を向いたまま何もしゃべらない。

私は視線を後ろに移した。

幸せの象徴のようなチャイルドシート。

嫉妬しそうな自分が怖かった。

先生は私の方を向くと、
「あ、気が利かなくてごめん。それじゃ寒いよな」

先生は後部座席に手を伸ばすと、チャイルドシートの上にかかっていたタオルケットを私の胸元にかけてくれた。

「その恰好で帰すわけにはいかないよなぁ、やっぱ家によってかみさんの服にでも着替えたほうがいいな」

かみさん、って呼んでるんだ…。

なんだか、ちょっと、妬ける。

先生は車を路肩に止めると、携帯電話を取り出して、どこかにかけはじめた。

私はタオルケットに顔をうずめながら、かみさん、かみさん、と心の中で唱えていた。

やだ、先生が奥さんのことをかみさんて呼ぶなんて。

まだ名前で呼んでいるほうがよかった。

かみさんていう言葉はなんだか美女と野獣の解けない魔法みたいじゃない。

先生が電話を切ったので、先生のほうを向くと、
「かみさん、料理用意してるけど、食べてく?」
黒縁のおしゃれなフレームのめがねの奥の目が、なぜか寂しそうに見えた。

「…うん」