眠り姫の起こし方

 君は言った。起こさないで、と。
 でもそれは無理なお願いだ。早く起きてくれないと遅刻してしまう。……あぁ、いや。してしまう、ではない。その表現はすでに過去のものとなっていた。遅刻だ。間違いなく遅刻だ。君が起きてくれない所為で僕まで遅刻だ。
 気持ちよさげにぐっすりと眠る君を起こし始めて一時間。いつもより三十分は早く来たというのに、一向に起きる気配がない。僕の努力が台無しだ。
 一体、この寝坊は何度目になるのだろうか。残念なことに、君は遅刻をすることに対しての危機感や罪悪感が全く無い。せめて君の為にこうして頑張っている僕には、これらの感情を少しは抱いだいて欲しいものだけど。……あぁ、無い物ねだりはやめておこう。空しくなるだけだ。
 スースーと小さな吐息をたてて眠る君はいつもの如く起きないし、実に手持ち無沙汰だ。どうやら深い眠りに落ちているらしく、布団を剥いでみても反応は無い。こうなってしまっては、何をしても起きないだろう。経験則で分かる。君の眠りが浅くなるまでは待つしかない。

 愛らしい寝顔を眺めるのも良いけれど、見慣れているしやっぱり暇だ。……あっ、試しにこの一週間の朝を振り返ってみよう。何か君を起こすための良い案が浮かぶかもしれない。ベッドの端に腰掛け、記憶を探る。
えーっと。
今日は金曜日だ。そして遅刻が確定した。
昨日は今日と比べものにならない、もっと遅かった。いや、まだ分からないな。今日の方が遅くなるかもしれない。
一昨日は惜しかった。早めに起きたというのに、君はバスの中で眠ってしまった。
「あらら? ……ごめーん、ちょっと転た寝しちゃった」と、学校を余裕で通り越した頃にようやく目覚めた僕の可愛い眠り姫。起きてもなお眠そうな目をこすって笑っていた君が……可笑しいな。この日は何だかとても憎らしかった。だってあれ、ちょっと転た寝なんて可愛いものではない。なんてったって君、爆睡だったじゃないか。呼んでも起きない、揺らしても起きない、仕方がないから強めに肩を叩いてみてもやっぱり起きない。じゃあ、どうやって起こしたか。
……呼んだんだよ、君の名を。始めに呼んだのとは違う、低く甘い声で君の名を呼んだ。でも出来ればやりたくなかったんだ。声変わりは終えているっていうのに僕、高校生にしては声が高めだからね。君好みの低い声を出すのは辛いんだよ、まったく。
で、火曜日。この日は五分の遅刻で済んだ。うん、まぁ遅刻なんだけどね。
そして週始めの月曜日。今週は唯一、この日だけ間に合った。ギリギリだったけど。

 うーん、振り返ってみると遅刻ばっかりだ。振り返らなくても分かりきってた事なんだけどさぁ、酷すぎて現実逃避も出来ないや。入学当初からこの調子だもんな。
君を起こすための良い案、こんなんじゃヒントにもならない。……あぁ、低く名前を呼べって? こんなに深く寝入っていては聞こえないよ。聞こえてないのに言ってみて反応が無い、とか恥ずかしいじゃないか。

「うぅん。ね、む……い」

 寝言? いや、起きてよ。ねむいって何さ、こんだけ寝といてよく言えるよね。
 あ、薄らと目が開いた。

「おはよ、眠り姫。そろそろ起き上がっては如何かな?」
「おはー、王子様。……ねぇ」

 王子様、だってさ。……はぁ、何で君はそんなに可愛いんだろう。顔がにやけてきたんだけど、どうしよう。
 悶えていると、ギュッと右手と服の裾を握られた。握り方も可愛いとかっ! 今すぐにでも抱きしめてしまいたいけど、そんなことをしてしまえば遅刻に荷担してしまう。いやだって、君が相手なんだ。抱きしめただけで終われるとは思えない。……うん、やめておこう。僕のために。

「眠り姫は王子様のキスで目覚めるのよ? つまり私はまだ寝ていても問題ない、ということね」

 可愛い可愛い眠り姫よ。溢れ出す煩悩を必死で押さえつけている僕の理性。君はこれに爆弾を投げつけようと言うのかい? あぁ、でもやっぱりキスはしたい。したい、けど。

「それじゃあ、王子様。────おやすみなさい」

 え、ちょっと。また寝るの? 本気で? ……いやいやいや、勘弁してよ! せっかく起きたのにむざむざ寝かせてたまるか! 
と、いうことで覚悟を決めよう。準備はいいかい、僕の中にいる全ての理性たちよ。

「おやすみ、眠り姫。────そしておはよう、僕の愛しいお姫様」

 そして僕は君に目覚めのキスを贈る。……理性? あぁ、それなら頑張ってくれているよ。僕の理性は強いんだ。何年この眠り姫の恋人を務めてると思っているんだい?

「……おはよう」

 嬉しい、でも起こされて不満。って、ところかな。とっても複雑そうな表情をしているよ、姫。
 のそのそと起き上がる君は時計を見る。……その残念そうな顔はなんだろう。もっと粘れたかも、とか思っているの? 

「もうちょっと、粘れたかな……?」

 君の思考を読めた、と喜ぶべきなのかい? 出来れば今の思考は読みたくなかった。何だ、粘れたかなって。来週の月曜日が怖いよ。君のその頑張りは寝過ごすためではなく、起きることに使ってくれ。

 僕の眠り姫はちょっとやそっとじゃあ起きない。
ではどうやって起こすか。
①呼ぶ
ほとんど効果はない。無反応で終わる。
ただ、低く呼べば起きる可能性はある。弊害といえば、僕の喉が辛いこと。それから反応が無かった場合、羞恥にのたうちまわる事になるだけだ。
②目覚めのキス
僕的には、これが一番効果あると思う。……えっ、僕がキスをしたいだけじゃないかって?

…………さーってと、③の起こし方は────。

 あれ? ③で誤魔化そうと思ったのに、③が無い。ってことは、え? 君を起こす方法は二通りしか無いの? 
……ああ、これ。来週は僕にとってバッドエンド、君にとってハッピーエンドしかない予感。


 そして、そして。土日を挟んでやってきました月曜日。
 現状? うん、それはもう酷い有様だよ。……僕の理性がもう保たない。だって、今日の君はひと味違うんだ。

─────抱きつくって何だよ、予想外だよ!!

 いつも通りだった。いつも通りにベッドの端へ腰掛け、君に声を掛けた。……起きているとは思わなかったんだ。だから不覚を取った。

 僕の腹に顔を埋めている姫君。背にはしっかりと両手が絡んでいる。
離そうにも、やけに力が強くて無理だった。だからといって、起こし方①の呼びかけは駄目だ。一番始めに試してみた。嬉しそうに微笑まれて終わりだった。では②はどうだろう。……あっ、出来ないや。抱きつかれてるし。

「いい加減に諦めて、一緒に遅刻しましょ?」

 なんて提案だ。怒られるのは僕なのに。あぁ、でも引きはがせない。だって僕、絶え間なく襲ってくる欲に抵抗するので精一杯なんだ。……うぅ、可愛すぎ。


 そうして迎むかえた火曜日。
 月曜日はどうした、って? ……想像にお任せするさ。ただ、一つだけ。僕は頑張った方だと思う、とだけ言っておこう。
 そんなことより今日だ、今日。
昨日はヤバかった。何がヤバかったって、先生の怒り具合が半端なかった。どうして僕が怒られるんだろう。理不尽だ。とにかく、僕のためにも今日こそ遅刻は出来ないんだ。
 君の部屋のドアを開ける。ノックなんてしないよ、無駄だし。
昨日の反省点を踏まえて、ベッドには座らない。床に膝をつき、声を掛ける。反応は無い。……揺すってみる。唸りすらしない。
あぁ、何てことだろう。今日も今日とて、お姫様は熟睡しているらしい。……驚かないよ? またか、って思うだけ。

 おそらく。僕はこれから先、ずっと君を起こし続けなければならないのだろう。正直、疲れるし面倒だ。だとしても、他の男にこの役目を譲ることは絶対に無い。意地でも僕がやる。
……だから、いつまでも遅刻魔でいられると思わないでね。

 今日こそ眠り姫を速攻で起こす方法、見つけてみせる。学校生活の安寧が掛かってるんだから。……言っておくけど、君のじゃないよ。僕のだ。