みるみるうちに、見上げるほどの岩の巨人が三体、私たちの前に立ちはだかった。ゴーレム?いや、こいつは炎に包まれている。熱波で吹き飛ばされそうなくらいだ。
「……ジオゴーレム。古き魔導書に載っているのを、以前、マッセーラ様に教えて頂いたことがあります。先の戦いで、サロモの魔術に対する執念は感じましたが、まさか、こんなものを生み出せるほどだったとは。」
姉さんが表情を動かさずに言った。
「確かさ、領都のアイツの実験室で見つけた資料、生命の何ちゃらだったじゃん。ゴーレムとかガーゴイルとかの疑似生命体?って得意分野じゃないの?」
「そうでしたね。代わりの器に魂を移し替えるとも宣っていました。……ただ、うら若きマチルダ様を器に仕立てようとしたことといい、幼いフィーを予備の器に選ぶことといい、奴の趣味ばかりはとても解せませんが。」
「要は変態……きゃっ!」
ジオゴーレムの巨大な拳が私たちの話を遮るように降り下ろされた。私も姉さんもきっちり跳んでかわす。フィオーラを抱えながらでよく跳べたもんだと、我ながら感心する。
「安い挑発だな。貴様らのくだらんお喋りには付き合うつもりはない。グランシスでは既に失われた古の遺産、ジオゴーレムを知っているとは驚きだが、我が奥義の一つに掛かって果てられることを光栄と思うがいい。」
サロモの目が再び赤く輝く。左手で複雑な印を結ぶ。すると、ジオゴーレムはその巨体を揺らしながら私たちに迫ってきた。
 くっ、フィオーラ、どうしよう?この娘を抱えたままじゃ戦うことなんてできないよ。かといって、放っておくこともできないし。そんなコンマ何秒かの迷いの間に姉さんが三体の中に躍り込んだ。そんな……囮になる気なんだ!早くフィオーラを何処か安全なとこに寝かせて、姉さんを助けなくちゃ!
「いけません、マチルダ様!敵は一人ではないのです。」 
フィオーラを懸命に引き摺る私はハッとした。サロモはもうフィオーラを気にしてない気がするんだけど、あのピエロが姿を消したままだ。ここでフィオーラから離れるのは得策じゃない。けど、姉さんが……姉さんが……。
 私の心配を他所に、姉さんは聖剣を構えたまま三体の攻撃を続けて避ける。けど、三体もいるとなかなか反撃の機会が得られない。このままじゃ流石の姉さんだって……あ、姉さんが刹那の隙を見ての反撃。聖剣の一閃がジオゴーレムの足を払う。が、踏み込みが浅いのか、どうも有効ではないみたいだ。炎の巨人は動きを止めることもなく、姉さんを狙って拳を振り回し続ける。まだ直撃は無いけれど、炎が姉さんを焦す。こんな時だって、苦しそうな顔は少しも見せやしない姉さん。
 私も姉さんみたいに強くならなきゃ!今、やれることは……サロモ!ヤツがジオゴーレムを操っているのだとしたら……。魔導弓を手にサロモを睨む。アイツを止めれば、ジオゴーレムよ止まるかも知れない。そのサロモは私と姉さんを交互に見つめながら、口元に薄気味悪い笑みを浮かべている。そして、再びさっと左手で宙に何かを描く。すると、ジオゴーレムの一体が私の方へ向かってきた。
「──!?くっ!」
姉さんはすぐにその動きに気付き、私の方へ戻ろうとするけど、残りの二体が執拗に進路を塞ぐ。私はフィオーラを静かに寝かせ、短剣に持ち換えて、一歩進み出た。私だって!
 ……って、感じる、コイツの強さ。足が震える。逃げたしたい。昔、赤竜に会ったときは、怖くはあったけど、大きすぎて、漠然とした感じだった。けど、無機質なジオゴーレムからは死しか伝わってこない。もう目の前の相手で手一杯になって、姉さんもサロモも気に掛ける余裕はない。絶対に諦めはしないけど……。
「その怯える子猫のような瞳、今すぐ私の胸に抱き寄せ、もう大丈夫だと言って差し上げたい。淑女にはこの腕の中の舞台こそ相応しい。」
突然、私の前に現れた大きな背中。漆黒の甲冑に、この甘い言い様……。
「無粋な輩など、貴女が手を汚すまでもない。我が鉄槌にてこの戦いの贄とし、憐れな魔導士への鎮魂歌に致しましょう。」
「ジークフリート……様。」
来てくれた、私を助けに。何だか安心して、全身の力が抜けるみたいだ。ただ……。
「ジークさん、お願い!姉さんを、姉さんを助けてください!」
ジークさんは燃え盛る巨大な拳を鎚で受け止めながら、涼しい顔で言う。
「我が姫よ、心配は御無用に願いたい。シルヴィア様が斯くの如き偽りの生命しか持たぬ石榑に遅れを取ることなどありましょうか。それに、あの方をお助けしたいと申す者たちは他におります故。」
「姉さんを助けてくれる人たち……?」

「師匠、ここは私にお任せを!」
「トバちゃーん、そこは『私に』じゃなくて、『私たちに』でしょ。」
「もう!二人とも集中しなさい。そんなに易い相手ではないのですよ。」
「皆様……何と感謝を申し上げればよいのか……。」
今回は姉さんと同じ大剣が得物のトバちゃん、それから短剣を両手に構えたルゥさんがジオゴーレムをそれぞれ抑え、五歩ほど引いて、ジェシカさんの紅い法衣が映える。
「そんな、水臭いです、師匠。あ、フィーちゃんの精神体の在処も分かってますから。早くマチルダさんとサロモをブッ飛ばしに行ってください!さぁ、ルゥさん、ジェシカさん、行きますよぉ!」
姉さんの言う「頼もしい仲間」たちだ。きっと、このような危機も想定して、協力を仰いでいたに違いない。トバちゃんの元気にルゥさんの技、ジェシカさんの魔法があれば、ジオゴーレムなんて目じゃないよ!

「安心されましたか、姫君。ここは私に任せ、姉君と共に彼の魔導師を成敗しにお行きなさい。」
ジークさんの仮面の奥に優しくて綺麗な瞳が見える。私は、安堵の涙目ではあったけど、精一杯微笑んで頷いてみせた。
「ありがとう。あの……ジークさんも気を付けて。」
「優しいお言葉、痛み入ります。お心遣いの続きは、この宴の後、褥の中で朝を迎えるまで、ゆっくりと致したいもの。」
「え、そ、そんな……。」
「マチルダ様、行きますよ!皆様のご厚意を無駄になさいませぬように!」
「あ、うん、分かった。今行く。」
姉さんの突然の叱咤にどぎまぎする。もう……いつもこんなタイミングで入ってくるんだから!