「こうあっては、そう……素直に認めよう。その力、見事だ。まさに……端倪すべからざる成長!」
ワイトを倒した私は、エリシオンを探す必要はなかった。奴の方から声を掛けてきた。長城砦の物見の尖塔。私を見下ろすように。
「だが、遅かったようだ、覚者よ!」
「なんだって!?」
「感じぬか、この圧倒的な気の高まりを!」
その声と共に大きな地響きが起こる。エリシオンの背景に見える空は、雲が生きているかのように渦巻く。風が強く、空を目指して吹き上がる。胸の傷が疼き出す。
「時は満ちた!偉大なるドラゴンは目覚めた!」
「まさか!」
長城砦の裏、穢れ山より天に放たれる赤。突風が私を襲い、吹き飛ばされないように堪えるのが精一杯だった。胸の疼きが激しくなり、まるで焼けるようだった。思わず膝を着く。
「おお、死の翼よ!強大にして、無慈悲なるグリゴリよ!」
エリシオンは私を高みから見下ろし、満足げに微笑む。
「見よ!偽りを生きる者よ!これが真実だ!これが『救済』……」
私は見た。饒舌に語り続ける醜い男の上に迫る赤い塊を。
 次の瞬間、世界が揺れた。辺りは恐ろしいほどの衝撃に包まれた。堪えきれず、私は思わず吹き飛ぶ。とにかく両手で顔を覆い、飛散する礫や煉瓦を遣り過ごす。幸い、潰れてしまうほどの大きな破片に当たることはなかった。私は。けれども、『救済』の首魁は、"それ"に間違いなく尖塔ごと押し潰されてしまった!サロモの変身した竜とはやはり違う。その巨大さたるや!いや、それより!
 手を伸ばせば届くほど近くにその顔があった。一つ一つが私ほどもある燃えるような真っ赤な鱗に覆われた顔。巨大な目が私を捕らえる。身体中に冷たい汗が流れた。声を出すことは思いも付かなかった。
 "それ"は口を開く。その声は低く大きく、魂を震えさせた。
「……今のような奴が、何をしようとしまいと、我がこの地に破壊をもたらすのは変わらん。
 止めるには、我を斃す他ないが……」
私を見つめる目が細くなる。
「今のお前には不可能だ。」
顔が遠ざかる。"それ"は巨大な翼を広げた。そして、私より大きな爪が私の胸にゆっくりと迫る。
「お前が望むなら、然るべき時に、我に武器を振るうことを許そう。
 だが、それは今ではない。それまで、お前からの預かり物は無事だ。"竜を識る者"がその意味をよく知っていよう。決めるは我にあらず、宿命にあらず……お前が決めるのだ。」
それだけ言うと、"それ"は翼を大きく羽ばたかせた。嵐が巻き起こり、仰向けの私はまたも吹き飛んだ。もう、何が何だか分からない。"それ"は再び私を見ることもなく、暗黒の空へ飛び立つ。
 この地に再び赤き竜が降臨した。