蒼汰が私の名前を呟いたけど、振り返らずに男の人の方を向く。
「なんだよお前」
私に向けられる男の人の鋭い視線を感じながら、私はバッグの中を探った。
「なんだって聞いてんだよ。なんか言えよ」
「.............」
「無視かよ、喋れねぇのか?」
「(喋れません)」
“おい”と低く唸るような声を出した蒼汰をさっと手を挙げて遮った。
反対側の私の手には、スマホ。
メモ機能の画面に打ち込まれた文字を見て、男の人は目を見開いた。
「は?..........嘘ついてんじゃねえよ」
「(嘘じゃありません)」
サササッと文字を打ち込んで、また見せる。
「.............」
「(私は、声帯の手術をして声が出せないんです)」
黙り込んでしまった男の人にさらにスマホに文字を打ち込んで見せた。
「(だから、声を出せないとそこに自分がいることも助けを求める事も出来ないんです)」
「.............」
「(でも、彼がいるので大丈夫です。席、どうぞ使ってください)」
そう、打ち込んだ画面を見せると男の人は目を見開いてからスッと下の方に視線を向けた。

