一寸の喪女にも五分の愛嬌を

「たかが一社員に過分のお気遣いありがとうございます。それが社命とあれば私は受けます。けれど、もし私への配慮であるというのであれば、可能な限り人事課で元のように働かせていただけないでしょうか」

 抵抗を受けると思っていなかったのか、有馬取締役はとても驚いた表情を見せ、すぐに怜悧で鋭い眼差しになった。

「それは、私の側で働きたくないと。率直に言えばそういうことなのですか?」

「い、いえ、違います!」

 とんでもない方向へと暴投した取締役の言葉に慌てて首を横にふる。

「全くそんなことは思っていません。お気遣いもとても嬉しいですし、条件も仕事もこれ以上ないほどいい提案をいただいていると理解しています。けれど……私は今回のことを受けて、自分の中で思いの外人事の仕事も課長も、そして課内の皆さんが好きだったと再認識したのです」

 私の話を聞きながら、「なるほど」と取締役は軽く頷く。

 彼のその態度はちゃんと相手の意見を聞いてくれているとわかる。決して横暴で専制君主な取締役ではないと確信し、私は続ける。

「ですので人事課で働けたらとても嬉しいことだと思っています。ただ、これは私の単なるわがままです。辞令に従うのは当然のことですので、後の判断は有馬取締役にお任せすることになります」

 今は迷いはない。人事課で積み上げてきたことが私を形作っている。だからこそまだ人事課で働けるのであればそうさせて欲しい。

 請うように有馬取締役を見つめれば、彼は納得したように深く頷いた。