一寸の喪女にも五分の愛嬌を

(こんな一社員に対してやけに食い下がるなぁ)

 正直、悪い気はしない。


 有馬取締役の噂ももちろん聞き及んでいる。


 若く有望株の男性社員が独身女性の噂にならないわけがないからだ。

 現在三十五歳の独身。

 創業一族で東大出身の切れ者だ。彼が経営陣に入ってから、ITを含め新分野の開発、成功を収め、今や堂々たる経営陣の一角を担っている。


 それほど優秀な人から懇願されてしまえば、否と言えるはずもない。


 半分は諦め、半分は嬉しさを含んだ気持ちで返事をした。

「わかりました。それほどまでに引き留めてくださり恐縮です。転職の件につきましては一旦考え直し致します」

『そうですか。ありがとうございます』

 あからさまにホッと人心地ついたような声になる。

 それは先ほどまでの冷たいトーンではなく、心から安心した声に聞こえた。

 詳細については改めて、と有馬取締役は最後までいくらか明るさを含んだ調子で告げ、そして通話を終えた。