一寸の喪女にも五分の愛嬌を

 しばらくの空白の後、有馬取締役は諦めたように言った。

『廊下での言い合いが聞こえてしまったのです。柴崎さんが辞めると……その声が聞こえてしまい、私は……職権乱用で申し訳ないけれど、あなたの携帯番号を調べてかけてしまいました』

 とても言いにくそうに「職権乱用」と言った有馬取締役の口調に、思わず和んでしまう。

 氷の刃のような人で、声も目も冷たい印象を与えていたあの取締役の、人間味を感じてしまい、凍り付いていた胸に温もりが一つ落ちてきた。

 成瀬が私のことをどう伝えていたとか、何を言っていたとかはもういい。

 ただ心配して電話をしてきてくれた取締役の心に感謝する。

(ああ……やっぱり私はこの会社が……)

 その先の言葉は飲み込んで、私は見えていないことを承知で深々と頭を下げた。

「ご心配をおかけしております。私、やはりこの会社が好きです」

『本当ですか?』

 スマホの向こうでいくらかトーンが明るくなった声に、また頭を下げる。

「けれど……やはり私は居座るべきではないのでは思っています。上の方々がどんな結論を出そうとも、私にとって稲田さんを疑うことはできません。それにいくら打ち消そうとも、すでに立ってしまっている悪い噂だって簡単に消えるわけではないですから」

 断りを告げる私に、有馬取締役はすぐさま言った。

『その辺りに関しては私に一任してくれませんか? 悪いようにはしません。柴崎さんのこれからにプラスになるように計らいますので、私を信じて考え直して欲しいのです』