有馬取締役の前を辞去し、扉を閉めた途端に私は成瀬に笑顔で告げる。

「今日は早退と課長に伝えてもらえますか?」

 自分の立場が惨めで憐れでもう笑うしかない。

 成瀬に対して敬語を使えば、それだけでガツンと体力が削られてしまい、もう立っているのも辛い。


 感情が何もかも追いつかない。


 頭の中も胸の奥も、ありとあらゆる引き出しの中身をぶちまけたように、どこから手をつければいいのかわからない。

 どれを選び取ればいいのか見当もつかない。

「先輩、待ってくださいよ」

 成瀬が私の腕をつかみ引き留めたけれど、今はとても振り返れる状態ではなかった。

 泣きたいのか怒りたいのか、罵りたいのか、笑いたいのか。

 それさえも私は解答を持ち合わせない。

「ごめんなさい、今は一人にしてくれますか?」

「……でも」

「ああ、鞄を取りに課に戻るので、伝言は結構です。では失礼します」

 なんとか笑みを浮かべたけれど、それが精一杯だった。

 私は成瀬の手を振りほどくように駆け出した。