一寸の喪女にも五分の愛嬌を

「先輩、どうしたんですか? トラブル?」

 相手は見なくても声でわかってしまう。


 成瀬の声だ。


(どうして……どうしてこんな所にいるのよ。こんな場面に……)


 気分の悪さがいっそう増して立っているのも辛い。

「今、取り込み中なんだ。見てわからないのか」

 早川さんが不機嫌に告げたが、成瀬はツカツカとこちらに近寄り、私の腕を奪うようにつかんだ。

「すみませんが先輩は人事の仕事があるので返してもらいますね。失礼します」

 有無を言わさぬ強さで成瀬は私を引っ張って早川さんの前から連れ出した。


 もし私がか弱い乙女ならば、きっと泣いてしまったかもしれない。

 怖かったとか、助かったとか、見られたとか、情けないとか……。

 感情がぐちゃぐちゃでどうしようもない。


 軽く鼻をすすり上げ、私は成瀬の腕を振りほどいた。

「ちょっと、こんなところを誰かに見られたらどうするのよ!」

 成瀬との噂をこれ以上広がらせるわけにはいかない。
 彼のためにならないのだから。

 私は助けてもらったお礼を言うことも忘れ、急いで一人で歩き出す。

 背中に成瀬の視線を感じていたが、今は頭が働かず体も言うことを聞いてくれない。

 自分の席に座ってから、疲れ切った深い深い溜息をこぼしてしまった。