また、部屋に誰かがいた

P15を元通りきれいにしてから、香織はまた道原のことを想った。
わずか1時間だったが、道原と二人きりで話せた。
ちょっとしたことでもリアクションが大きくて、彼は笑うとき、大きく口を開けて笑う。
「あはははは」って笑いながら、その目がとても優しい。それに思ったより背は高かったし、思ってたより手が大きかった。
まだ心の中が暖かい。でも…

その想いは同時に苦しい。香織はベッド脇の引き出しからペンと便箋を取り出した。
(彼にお礼の手紙を書こう。もし手紙が渡せなくても…今のアタシの気持ちを残しておこう)

香織はベッドの上で開いた便箋を膝の上に置き、その上にペンを走らせた。

「道原くん。プレゼントありがとう。本当に嬉しかった。」

手紙はそんな書き出しで始めた。

「小学校3年生のときに初めて入院してから、アタシは病院で過ごすことが多くなりました。
学校にはほとんど行けなくて…。
でも、そんな頃から麻衣も優里奈もアタシの友達でいてくれました。
高校に入ってからも半分くらいしか行けなくて、あまり高校生らしい生活はありませんでした。でも…

覚えてますか?

道原くんは覚えてないかもしれないけど、アタシはハッキリと覚えています。
高校1年の春、学校からの帰りに自転車が動かなくなっちゃって、よく見てみたらチェーンがはずれてしまっていて、困っていたアタシの背後から声がしました。

『森村…?大丈夫か?』

それは優しい声でした。
振り返ると道原くんがいました。本当に心配そうにアタシを見ていて…。
それから『ちょっと見せて』って言って、アタシの自転車を修理してくれました。
ガチャガチャ音を立てながら、一生懸命アタシの自転車を直してくれている道原くんの背中を見ながらアタシは…」

そこで香織の手が止まった。
しかし、しばらくしてその手が再び動き出した。

「なんだかドキドキしていました。
そのときは何がなんだかわからなかったけど、
その日から道原くんと学校で会うとき、声を聞いたとき、そして道原くんを想うとき。
それが何だったかがわかりました。」

また、香織の手が止まった。便箋に添えられた手が震えている。そして

(あれ…)

香織の目から涙が溢れていた。
胸が痛く苦しい。
涙が止まらない。

「アタシは…道原くんが好きです。好きです。好きです…」

そこまで書いた手紙を香織は破り捨てた。
彼女は自分がそう長くないことを知っていた。

だから道原に対する思いは決して報われないものだし、胸が張り裂けそうで、叫びたいくらいの気持ちを口外すれば、道原はもちろんのこと皆を余計に悲しませるだけだ。

だから…

この気持ちはしまい込んだままがいい。



「ピーくん…」

「………」

「涙が止まんないよぉ…どうしよ…止まんないよぉ…」