それは嘘から始まる。

「ゆうちゃん、にやけてるー。男前が台無し」

 ドアで待つ優を見据えながら、千恵はにやにやと笑っていた。千恵の言葉に優は勢いよく顔を背けて、口に手を添えながら彼女を横目で見遣る。

「嘘、でしょ?」
「そう、嘘。ゆうちゃん慌てすぎだから」

 ケラケラと楽しそうに笑う千恵にからかわれたことに気づき、彼は肩を震わせた。

「ちーちゃんっ!」
「はいはい。帰ろっか」

 扱いに馴れているのか、千恵は軽く肩を竦めるだけで、時雨の腕を引く。小さく頷いた彼女は、徐に立ち上がってカバンを肩に優に歩み寄った。

「帰ろう、西名くん」
「……うん」

 からかわれた恥ずかしさに優は視線を逸らすが、それに気づかないまま、時雨は千恵と共に歩き出していた。

「ゆうちゃん」

 早くしないと置いてくからね、という振り返った千恵の言葉に、優は慌てて二人の後を追う。
 昇降口に来れば、晴樹が靴箱に凭れていた。気づいた時雨は一瞬目を丸める。

「あれ? 北河くんだ」
「一緒に帰ろ、時雨ちゃん」
「はぁ!?」

 目を見張る優はすぐさま晴樹に肩を組まれた。いつもならその手をすぐにでも払うのだが、いまの優にはそれができないでいる。「一緒に帰ろう」という一言に、衝撃を受けたからである。

「大丈夫大丈夫。ゆうたんには迷惑かけないし。なぁ、千恵」
「あたしに振らないでよ。ま、四人で帰るのも悪くはないけど。ゆうちゃんはどうする?」
「邪魔をしなければいいよ。いなくなったと思ったら……こういうことね」

 早くも諦めたらしい優は、小さくため息を吐く。

「そういうこと。いやー、ゆうたん話解るわ」
「ベタベタ触るな。大体、最初に一言言えばいいのに」
「言ったら言ったでゆうたん怒るじゃん」
「それは……否定しないけど」

 言いながらフイと顔を背ける優には、晴樹のしてやったりという笑みが見えていない。晴樹も千恵と同様に、優をからかうことが好きなのだ。反応が面白いから。
 二人のやり取りを尻目に指定の革靴に履き替えた時雨はどうしたものかと二人を眺めていた。その隣で指定の運動靴に履き替えた千恵は、時雨を一瞥してから二人に声をかける。