それは嘘から始まる。

「あぁ。つか、千恵また太った?」

 晴樹こと北河晴樹《きたがわはるき》はにやにや笑いながら千恵を見据えている。彼は中学時代からの優の友人のひとりだ。昔からことあるごとに千恵をからかい、千恵に怒られている。カッコいいのにそんなところが残念であるが、しかし優同様にモテていた。

「晴ー、アンタいい加減なこと言ってると殴るよ?」

 腕を鳴らしながら大股で晴樹に近づく千恵は、その顔に笑みを浮かべていた。

「冗談だって。千恵たん可愛い」
「たんづけしないで。もう、アンタの所為で時間無駄にしたでしょ。ほら時雨、突っ立ってないで早く食べよ?」

 髪を掻き上げた手で手招きをされ、時雨は音楽室に足を踏み入れた。これ以上待たせたら、千恵の怒りは時雨自身にふりかかると察知して。
 時間を取り戻すかのように急いで机を並べて席に座り、ランチタイムを始める。時雨は千恵の隣であり、優と向かい合わせになっていた。晴樹は千恵の前に座り、紙パックのジュースを飲みながら時雨に話を振る。

「時雨ちゃん、久し振りー」
「北河くんも相変わらずだね」
「千恵も相変わらずだよなぁ。冷たい」
「アンタがあたしをからかうからでしょ」
「千恵ちゃん千恵ちゃん、これ」

 また怒りがわいてきたであろう千恵に、恐る恐るアスパラガスの肉巻きを差し出せば、彼女の顔が綻んだ。

「ありがとう、時雨。こんなバカに構うあたしもバカだよね。もう知らないから」
「千恵ひでぇ。でもそこがいい」
「晴樹は本当に頭が残念だよね」
「なんとでも言え。お前よりはマシだかんな。なぁ、ゆうちゃん?」

 またにやにやと笑う晴樹は、その目を楽しげに細める。

「ま、気持ちは解っけど。鈍い子は解らんしね」

 彼は時雨を一瞥し、封を開けた焼きそばパンにかじりついた。

「晴樹」
「ゆうたん怒んなって。俺が悪かった! から!」

 笑顔を見せる優に、晴樹は躯を一瞬だけびくつかせた。ここで謝罪をしなければ、後で恐ろしいことになるだろう。経験者はすぐに掌を返し、事なきを得る。

「晴はバカだね。時雨、お返し」

 千恵は二人のやり取りに肩を竦めてから、時雨の弁当箱の蓋に玉子焼きをひとつ乗せた。わかめを混ぜ込んだおにぎりをもくもくと食べていた時雨は小さく頷く。