それは嘘から始まる。

 考え込む時雨は、いきなりかけられた声に躯を竦めて千恵を見遣る。

「ごめんごめん。時雨が百面相してたからさ」
「百面相なんてしてないし」
「ま、自分の顔は鏡じゃないと見れないしねぇ」

 含み笑いをしながら千恵はまた前を向く。察するにまだ途中らしい。邪魔をしないように、今度は突っ伏した。またからかわれるのもごめんだからだ。
 時雨は優――王子について考える。千恵の幼なじみだからか、会えば優とも話をしていたが、彼はその頃から比べてずいぶんと変わったと思う。そのときは背も低く、そこらの女の子よりも可愛らしかったのだ。いまは背も高くて、緩く髪を染めている。端整な顔に合うように声も艶やかであり、適度に着くずした制服も彼にはよく似合っていた。物腰が柔らかいのも一役かっているのだろうが、『王子』と呼ばれるのも納得してしまうほどには完璧な人間なのだ。モテているだろうに彼女を作らないのが不思議であり、聞いた話では「好きな人がいるから」といままでの告白を全て断っているらしい。しかも、その好きな人の情報を聞こうとすれば、「それは答えられないんだ。ごめんね」などと真剣な顔でかわしているという。それが断られた女の子たちになにか悪口を言われない為だろうというのは、容易に想像ができた。

「優しいんだなぁ、西名くんは」

 漏らした自身の呟きに時雨ははっとする。ならどうして、千恵をこっ酷く振ったのかと。

「時雨ー、ノート返す」
「あ、あぁ、うん……」

 顔を上げてノートを受け取りながら、もう一度千恵を眺める。地毛である飴色の髪の先を緩く巻き、可愛らしい顔にナチュラルメイクをしているが、彼女は見た目とは裏腹にさばさばしていた。それでも、きちんと友達想いであり、優しくもある。

「千恵ちゃんは」
「なに?」
「西名くんに振られたんだよね?」
「そうだけど? なに時雨、ゆうちゃんが気になるの?」
「少しね。西名くんは優しいのに、千恵ちゃんをこっ酷く振ったのが不思議だなぁって」
「それだけ?」
「え、それだけって? 他になにかあるの? あ、そうだ! 今日のお弁当ね、千恵ちゃんの好きなアルパラガスの肉巻き入れてもらったから、一つあげるね」