それは嘘から始まる。

「それは、周りが勝手にそう呼んでるだけだし」
「みんなの『王子』だよ? 西名くんはいっぱい告白されてるし、可愛い子だってみんな西名くんを見てるんだよ。知らないなんて、言わせない。それに……、わたしに惹かれる要素なんてない、のに……」

 俯いてしまう時雨の背中を撫でて、優は再度ポツリポツリと語り始めた。
 それは中学の頃の体力測定の話である。
 件の優は、筆記具をどこかに落としたらしい。ひとり慌てるが、体力測定中である為、みんながみんな、優のことは気にも止めていなかった。
 予備もなくどうしようかと考えていたときに、順番待ちで暇を持て余していた千恵が、「ゆうちゃん」と話をかけてきたという。後をついてきた時雨は会釈をしてふたりを見ていた。
 筆記具をなくしてしまったと千恵に言えば、千恵は千恵で「悪いけど、あたしも予備ないんだよねー」とあっけらかんと放つ。それにはっとしたように、時雨はハーフパンツのポケットから筆記具を取り出した。「わたしの貸してあげるよ」と。どうやらいまのいままで、予備を持っていたことを忘れていたという。
 それに窮地を脱した優は、事なきを得た。

「それからだよ。天地さんを目で追うようになったのは」

 初めは千恵の友達というポジションでしかなかったが、すぐに恋心に気づいた優は、返しそびれた筆記具を大切にしまっておいたという。

「それでも……わたしは……」

 わたしは、西名くんに想われていい人間じゃない。
 小さく紡がれたその声に、優はふたたび時雨の背中を撫でる。

「天地さんは、自分に惹かれる要素なんてないって言ったけど、優しさがある。それは惹かれる要素のひとつだ。それに、見ていて解ったんだけど、天地さんは困っている人には手を差し出している。男女関係なくね。『ありがとう』って言われたあとに必ず笑うんだよ、天地さん。照れながらさ。その笑顔が、焼きついて離れないんだ」

 ――もっと笑顔がみたいって思ったんだ。
 時雨はその優の声に耳まで赤くさせた。見られているとは思わなかったから。

「天地さんは、俺のことは嫌い?」

 嫌いだと、そう聞こえる声に頭を振る。

「わたしは西名くんを騙して、辛い思いをさせて……っ」