それは嘘から始まる。

「俺が繋ぎたかった、から」

 「ダメかな?」と小さく笑う優に「ダメじゃないけど……」と返した時雨は、ふたたび視線を逸らす。

「少し……恥ずかしいな。西名くんは、恥ずかしくないの?」
「ないよ。恥ずかしくはないけど、緊張はしてる」

 「緊張って?」とその時雨の問いに返るのは、嬉しさが滲んでいる声だった。

「だって、天地さんと手を繋いでいるから」

 それはどういう意味なのかと口を開きかけたが、聞くことはなかった。その意味を考えてしまったのだ。考えてしまったが最後、頭のなかは優の言葉がぐるぐると巡っている。
 無言で手を繋いだまま歩き、交差点までたどり着けば、優はすぐに手を離した。

「天地さん、明日ね」
「え、あ……うん。また明日」

 緩く手を振った時雨は、小さくなる千恵と優の背中を眺める。
 ――『だって、天地さんと手を繋いでいるから』。ずっと頭を巡るその言葉の意味が解らない。解らないからこそ、隣に立っている晴樹に聞くことにした。

「ねぇ、北河くん」
「んー、なに?」
「さっきの西名くんの言葉の意味、解る?」
「残念だけど、俺は解らないな。本人に聞きなよ」
「聞いて大丈夫かな?」
「大丈夫だって。時雨ちゃんは面白いね」

 晴樹は声を出して笑い、時雨の頭を撫でた。そこで気づいてしまった。

「――あ……」

 やはり、優に惹かれているのだと。

「時雨ちゃん?」

 晴樹の声に「なんでもない」と返して、歩き始めた。
 今度は、どうしてと頭のなかで繰り返す。
 どうしてだろう。どこでどうしてこうなってしまったのだろう。『復讐』をしなければならないのに、これではままならないではないか。

「時雨ちゃん」

 聞こえた晴樹の声にはっとすれば、唇を噛みしめた。

「どうして……」

 ――その目に涙を溜めながら。
 どうして気づいてしまったのか。
 これは『復讐』だからと、気づかないようにしていた。そうしなければ、いけなかったのに。

「北河くん、わたしはね……わたし……」
「時雨ちゃんがそう思うなら――」

 その声に、時雨は小さく頷いた。
 晴樹はふたたび時雨の頭を撫でて、「帰ろうか」と腕を取った。