それは嘘から始まる。

 別れる間際、晴樹は二人になにかを言われていたのだが、時雨は気にも止めずに晴樹の横を歩いている。

「時雨ちゃんはさ」

 話を振られた時雨は晴樹に視線を遣り、「北河くん?」と緩く首を傾げた。

「ゆうたん――……優と付き合ってんだよね?」
「付き合ってる、というか……付き合い始めたが正しいかな。わたしが西名くんとなんて、釣り合わないんだけどね」
「んなことないって。周りがなんと言っても、優は時雨ちゃんとは別れねーよ」
「そうかな。でも解らないよ? 西名くんにはわたしより相応しい人がいっぱいいるから。それに」

 ――それに、これは『嘘』なんだから。
 小さく漏らされたその言葉は風に溶ける。

「ん? 時雨ちゃん、なんか言った?」
「ううん。なんでもない。じゃあね、北河くん。また明日」

 緩く頭を振る時雨は、自身の家の前まで走っていった。晴樹の制止も聞かずに。


◇◆◇◆◇◆


 昼は四人一緒に食べて、帰りは四人で一緒に帰るということが過ぎて三週間だが、付き合う前と後でなにも変わらなかった。
 ただ『王子』と呼ばれる優は、やはり人目を引く。あの顔とあの声、そして優しい態度で接してもらえば、誰だって落ちる可能性はあるのだ。そう――自身でさえも。もしかしなくとも、自分は優に惹かれているのではないかと、四週目が終わる頃に時雨は思い始めていた。

「天地さん?」
「あ、え……? なに?」
「気分悪い?」

 「大丈夫?」と心配そうに見つめる瞳から視線を外す。「大丈夫だから」と小さく返しながら。
 その返答に笑みをこぼして時雨の頭を撫でるのは、もはや日課となりつつある。その間、時雨は千恵に助けを求めるのだが、千恵は一度も助けたことはない。晴樹と仲良さげに話をしているから。

「あ、の……もう、離して、ください」

 どうしていいか解らなくなる。頭を撫でるときの優は、とてもきれいに笑うのだ。それに見惚れているのも、もう解っていた。
 ――それでも。
 そもそも『嘘』なのだから、惹かれるのはおかしいと時雨は緩く頭を振る。とたんに離れる優の手は、拳を作る時雨の手を取った。

「っ!? あ、の……西名くん?」

 目を丸めた刹那、時雨は小さく紡ぐ。「なんで手を繋ぐの?」と。