「好きです」

 放課後、二人きりの教室で、彼女は俯く顔を朱に染めながら言い放った。彼女の目の前にいる彼は、目を見張ったのちに、緩く口角を上げる。しかし、俯く彼女にそれは解らなかった。

「――天地《あまち》、さん……それ、本当?」
「え? ――う、うん。本当……だけど……?」

 問われて顔を上げた天地こと天地時雨《あまちしぐれ》は、今度はきょとんとしながら言う。耳まで赤く染まっているのは、時雨にとってこの告白が人生で初めてだからである。恋愛面において消極的な時雨は、誰かに告白をしたことがなかった。しかし――この告白は、全てが『嘘』なのだ。目前にいるこの男に復讐をする為の、嘘。

「そっか。ありがとう。すごく嬉しい」

 そう言って破顔する男の名前は、西名優《にしなすぐる》という。この学校で、彼は『王子』と呼ばれていた。理由は至極簡単である。端整な顔とスタイルのよさ、そして文武両道とくれば決まったようなものだ。『王子』『王子』と持て囃される彼はそれをよしとせず、諭すような口調でみんなを説得した。――のだが、それが拍車をかけたことを本人はいまだに知らない。説得に失敗したと思い込んでいるいまは、諦めて好きに呼ばせているらしい。

「俺も天地さんが好きだから……。さっそく明日から付き合おう?」
「あ、明日から?」

 まずはメアド交換とかじゃないらしい。気が早いんじゃないかと時雨は思うが、言葉には出さない。ここで気が変わられては、意味をなさないから。

「嫌?」
「嫌じゃないけど……」

 むしろ好都合だが、やはり気が早い気もする。お付き合いに至る恋愛経験は時雨にはほとんどないが、こうも早いと拍子抜けだ。

「じゃあ、明日からよろしくね。天地さん」

 優はもう一度笑みをこぼすと、カバンを手に教室から出ていってしまう。

「えっ、ちょっと! 西名くんっ」

 残された時雨は数秒間、呆然とそこに立ち尽くしていた。さっさと帰るとは思わなかったのだ。

「こんなんで復讐できるかなぁ……」

 時雨のその呟きは、茜に染まる教室に溶けて消えた。


◇◆◇◆◇◆


「おはよう、時雨」