私は次の日に退職届を書き、一ヶ月後に退職した。

会社を出たその足でバーに向かい、朔斗に辞めたことを報告したら「そうか」と一言だけ。

そして、私が初めてバーを訪れた時に出してくれたファジーネーブルを作ってくれたんだ。

滅多に口にしない甘いカクテルを飲んで、思わず顔が綻んだ。

結局、私と朔斗の関係は何もないのかも知れない。

私はお客であってお客じゃない。

だって、朔斗はお客さんには敬語で話すし一人称が“私”。
私の前では“俺”になる。

朔斗にとったら、私は先輩の妹という認識のみで特別な感情は持ち合わせていない。

ただ、私が片想いしているだけ―――。



さてと、考え事はここまで。
私はスツールから立ち上がる。

「お会計、お願い」

朔斗に声をかけると、相手をしていた女性客に「ちょっとすみません」と笑顔を向ける。

財布を出し、支払いを済ませて背中を向けた時、小さく囁く声が聞こえた。

「気を付けて帰れよ」

振り返ると、朔斗はそこにはいなくてカウンターのなかに戻っていた。
こっちを向くことはなかったけど、私はヒラヒラと手を振り、ドアを開けバーを出た。

はぁ、やっぱり朔斗が女の人から声をかけられるのを見るのは辛いな。

どうせなら、朔斗が結婚でもしてくれていたら諦めもつくのに……。

夜空を見上げ、届くことのない想いにそっと蓋をした。