〜〜〜第2章〜〜〜

「臨時ニュースをお伝えします。日本政府は、チコの身柄を確保したと発表しました。繰り返します、チコ、身柄確保です」


「神林さん!チコが確保されたって!」
「なあに、よくある話さ。ジャンヌ・ダルクだって死刑になったり聖人になったりするだろう。ゴッホのひまわりは生前一枚も売れなかったらしいし、麻原彰晃だって未来じゃスーパースターかもしれない」
「しかしまた、世界が割れますよねー」
「スイスも中立国として身柄をよこせと言ってきた。世界が割れるどころじゃない。とっくに割れてるんだ。完全孤立だ」

「完全に世界を敵に回してしまったな」
「総理、人ごとではありませんよ!」
「外務省は?」
「全先進国からチコの引き渡し要求が来ています。猛烈なものです。全く対応できていません」
「聞き流せ。こうなれば、チコだけが残ってくれた味方のようだな。絶対に身柄は渡さない。冗談では済まないぞ」
「国連が決議を出しかねません」
「突っぱねろ。私たちは、チコとともにある」
「総理……!戦争になりますよ!」


「いやあ、しかし」
「そういえば……」
 神林が思い出した。
「ノートってありましたよね」
「あ」
「あったな」
「あれ……、これって、多分、世界、知りませんよね」
「あの時は何だこりゃって思ったけど、チコはただノートに書く人間で、本当に重要なのはノートの方なんじゃ?」
「大変だ」
「部長!」
「ノートを抑えろ。」

「神林、もう一度言うぞ。俺達でノートを手に入れるんだ」
「??」
「わからんか。お前はまだ若いからかもしれない。しかし考えてみろ。俺達が今世界でノートのことを知っているんだ。こんなビハインドは生涯で一度あるかないかだ」
「ビハインドは多分、負けてます」
「ともかく!あとであのときああしていればなんて話じゃないんだ。ノートが他国に何千億で売れるかもしれない。俺達でチームを組織する。」
「どこにあるんでしょう?」
「普通に考えれば……、あれ?本部じゃないんですか」
「確認だ。この際だ、騙して奪ってでも取るんだ」

「君、資料を確認したい。逮捕時の所有物なのだが」
「金庫ですね」
「鍵をくれ」
「どうぞ」

「神林」
「はい」
「俺達でノートを専有することについて、どう想う?」
「バレなければ何もないですけど……、大冒険ですよ」
「まあな」
「チコが言わないかぎりバレないでしょう」
「あの手合は、神秘性を保っていたい人柄だと想うんだがどう想う?」
「神としてはあまり言いたくないことですよね」
「ここまで来たら後に引けない。開けるぞ」
「……よし、確保」
「世界が狙っているノートだ。油断するな」


「遅刻について、どうおもっていた?」
「はあ?」
「す、すまない。面倒臭い質問だったか」
「いえ。あの、間違いないのは…『辛い』ですよね。遅刻は辛い」
「まったくだ。遅れないように早く眠ったりする準備期間も含めて、負担は大きいな。個人差も大きい」
「繊細な奴ほど遅刻すると思いますよ」


「おかえりなさい。ノートは?」
「確保した」
「この際だ。ノートの秘密はこの3人までで削ってしまえ」
「ええ!!」
「踏み込んだ時もっといましたよ」
「いいんだ。この際だ。橋高、おまえにも家族がいるだろう?」
「はあ」
「楽ができるかもしれないぞ」
「部長。これを誰に売るんですか」
「考えてなかったが……、今なら中国あたりじゃないか」
「ええ!!」
「まずいですよ」
「そうか、じゃあアメリカに引き取ってもらおうか」
「無難なところじゃないですか」
「これは……このまま亡命したほうがいいかもしれません。大使館に、亡命」
「ええ!!」
「亡命!!」
「そこまではちょっと……」
「やっぱりやめるか?」
「部長!!」
「いや、悪い。誰かいないのか、知り合いに、アメリカの偉い人とか」
「うーん。やっぱり大使館ですかね?」
「大使館か。アメリカの大使館って、どこにあるんだ?」
「あるんですか、アメリカ大使館」
「まあそれは後で調べよう」
「引き返すなら今ですけど」
「いやいや、後に引けない」
「部長、思い切りで言ってませんか」
「いやいや、ちゃんと考えてはいるんだ」

「神林」
「はい」
「アメリカはノートをいくらで買うだろうか?」
「それはもう、買うでしょう。なん百億でも。足元を見られなければ」
「一般市民だしって、百万円くらいですまされたらそれはちょっとなあ」
「交渉力がありません」
「いるじゃないですか……、えっ」
「チコか」
「そうだ。この話にチコも一枚噛ませましょう。チコにそのうち外国の要人と面会してもらうんだ。その時にチコに話を通してもらえばいい」
「成る程……」
「確実だな」
「いや……、それだと、チコがその国へ移住することが前提ですよ。ノートが他国に渡るのは、嫌がるんじゃないか」
「神林、あいつまだ未練ありそうだったか?」
「僕が神だ、くらいのことは言っていたと思いますけど……」
「だめだこの話、チコが得をしない……」
「チコにも分前をやるということでどうでしょう」
「なんだ。誰もやる気がなかったのか?」
「あの手合は、なかなか金では動かないんじゃないか。だって、神だぞ」
「そこは検討しましょう」
「棚上げか……」
「大使館に行かずにはすみそうだがな」
「あっ!ヤフオクがあるじゃないですか!」
「ヤフオク!?」
「ええ!!」
「99億とかになったら、いたずらにされてしまいますよ」
「もとからいたずらみたいな話だ」
「いやでも、5億くらいなら成立しそうじゃないですか」
「5億か……ぁ」
 部長が悩んでいる。
「しかしオークションは安全です。基本、騙し取られることはありませんよ」
「しかし……ヤフオクというのはどうかと思うな」
「5億なんて、安いもんです」
「いや、駄目だ駄目だ。チコの力が世間に知られるのはまずい」
「でも、どうせ売ってしまうならあとは知ったことじゃないですよ」
「目的は完全に金ですから」
「どうする。もっと、大富豪がひそびそとやっているようなオークションはないのか」
「無理ですよ……」
「ヤフオクのことは一晩寝かせよう」
「そもそもチコの物ですし、あいつにも考えがあるでしょうし……」
「最もだ」
「ノートは3人で管理しよう。神林、橋高、お前たち、新しい世界を創ってみたいなんて考えてるんじゃないだろうな。」
「いや、別に……」
「僕も……」
「そこは信頼関係だな」
実はかなり思ってる。橋高のやつもそうなんじゃないかと思ってる。それはまた、別の話。


特別拘置所内。
「あの時の公務員に会うとは思いませんでしたよ。なんの用ですか?」
「ああ……あの時はまあ、な。公務員の神林だ」
「本部長の吉田だ」
「チコ、あのな、お前、ぶっちゃけた話今後の事とか、どう考えてる?」
「はあ?」
「どこかに移り住みたいとか、ないのか」
「何ですか、それ」
「いやあ、こういうことを聞き取るのも仕事の内だからな」
「お前だって一生ここにいるわけにもいくまい」
「多分、職業選択の自由は僕は放棄したと思ってるんですよ」
「ああ」と部長
「え?」
「え、だって、神だろ」
「いや、お前、神続ける気なのか」
「自由がありませんのでね」
「続けたいのか?」
「続けられるなら続けたいというところか」
「お前でもなあ、いつまでも遅刻の世界の神でもいられないだろう」
「生き遅れてしまう」
「それは、僕を引き取る国次第でしょう。わかってますか?公務員。神の前にいるのですよ」
「いや、それは解っている」
「こんな態度ができるのも、日本だけですよ?世界は僕を支持している」
「そこなんだがな、チコ」
「世界はチコを必要としているのだろうか?」
「どういうことですか」
「チコという存在があればいいんじゃないか」
「そうだ。存在があればいいんだ」
「信仰の対象として君臨していれば、いいんじゃないか」
「あれだ。天皇的な立場だ」
「お前知ってるか。天皇は国権を行使できないんだぞ」
「日本政府は身柄は留置するが各国の要望を受け入れ信仰の対象として尊重するというところなのですか?」
「いやいや、これは雑談だ」
「っていうか、ノートは!?」
「!!」
「!!」
「まあ聞け。チコも十全にノートを返してもらえるとも想っていないだろう?」
「部長それは踏み込み過ぎでは……」
「日本の立場もある」
「ないでしょう?」
「少しだけど、あるんだ。立場上、使わせるわけにも行かない。そこは、わかってくれ」
「それは、まあ
核ジャックなんてやりましたし」
「そうだ。そんなのは、映画みたいな話なんだぞ」
「そういうのはいいです。何が言いたいんですか、公務員。
「仮にこれから他国に移ろうとしても、チコの生活費というものが必要だ」
「僕は尊崇の念の対象ですよ」
「まあいいから!」
「それでな、日本国政府はチコの生活費を50億円と見積もっている!」
「高くないですか?」
「そこは……神だろう?」
「ただな、日本として、チコの生活費を援助するわけにもいかないのだ」
「はあ、
そこで遅刻ノートですか?」
「そうだ。理解が速くて助かる。日本は他国に遅刻ノートを譲渡する。それを使用する権利については、移転先に一任するつもりだ」
「そこは大丈夫だと思いますよ?公務員と違って、崇拝の対象ですから」
「さすがチコだな、神は違うなあ」
「……」
「ああ、チコ!この話は移転先の人とちゃんと話すんだぞ。他人任せでは、良い神様になれないぞ」
「その辺の伝達の仕組みが、ないのですか?」
「いやいや、これも自立のためのアドバイスというところだ。じゃあ、また来るからな」
「……」

「どうだ、神林!話を通したぞ」
「際どかったですね」
「あいつにもばれていないだろう?」
「多分、というか普通考えないですよ」
「人生というものは、駆け引きだ」
「額もびっくりでしたね」
「十分だろう」
「はい」
「あとは日本国政府が折れるのを待つばかりだ」

TV SHOW
「木村さん。国連の決議も採択され、日本政府がどの段階で要望を受け入れざるを得ないのか、という展開になってきましたね」
「はい。争点はまず受け入れ先ですね。その国がどの程度チコを支持しているのかというのも、日本としては重要です」
「目処は立っているのでしょうか?」
「国連の和解案を受け入れるということになる可能性があります」
「そして新たな情報として、イギリス外務省長官のヴェルチ氏が来日し、チコとの面談が非公式に行われるようです。要人としては初になります」

「よう、橋高。部長とチコに会ってきたんだ。あぶなかったんだぞ、ひやひやだ」
「うまくいったんですか」
「うまくいった。部長が言いくるめた。ノートのことを切りだされた時はひやひやだったけれどな」
「受け入れ先はイギリス・カナダ・ドイツのどれからしいですよ」
「へぇ。じゃあ、さっきニュースで言ってたイギリスかな」
「しかし、部長はさすがだ。国からノートを奪う決断力はまったくもってさすがだ」
橋高のやつはしきりに感心している。こいつ、ハシダカの奴め。

 日本政府は国連の要望を受諾し、移転先はイギリスに決まった。チコの移送中継は、それは大々的なものだった。イギリスは新世界構築後、近隣諸国に先駆け、地位を確立したい意図を持っているようだった。ノートは無事、3人からチコに譲渡し、チコがイギリスと話を付けた。一人頭16億6666万余り1。それが部長にいくことに俺たちは何の異論もなかった。もっとも、俺たちの差金はチコにはバレバレだったようだ。だから受け取らなかったのだろう。ともあれ金を受け取り、俺たちは結婚を決めた。もちろん、部長には仲人をやってもらうつもりだ。仲人とはどんなものかは知らないが、たぶん、それがいい。ノートについては発表がない。もう俺たちの方に入ってくる情報はなかった。チコと部長が取り持ってくれた縁だ。人生とは不思議なものだ。不思議な縁だが、確かなものがある。それが、俺の隣にいてくれる橋高の温もりである。