逃げてないで、大地さんに甘えて車で送ってもらえばよかった。せめてもう少し気持ちが落ち着くまで、一緒にいてもらえばよかった。

今更そんな後悔が押し寄せてくるけれど、もう遅い。私は一人で電車に乗ってる。



気づくと最寄駅にかなり近づいていた。いつも乗っている車輌と違うことに気づいて、降りる前に隣に移ることにする。

人に躓かないように足元に気をつけて歩いていたら、左の座席の足元に黒のビーチサンダルが見えた。

え?と思って、立ち止まって観察する。

今朝から履いてる長めのハーフパンツと白のTシャツに、斜め掛けのバッグ。短めの黒髪。 特徴の薄いきれいな寝顔。よく見ると目尻に線が見える。

これは間違いない、大地さんだ。首を傾けて眠っている。

どういうこと? ついてきたの? もしかして心配で?



隣が空いていたので座る。無言で左隣の肩をつついてみるけれど、起きる気配がない。

昨日もバスでこんな風に寝顔を見た。私はもうお別れだと悲しい気持ちだったんだ。

今は、笑みがこぼれた。なんでついてきちゃったんだろう、この人。私が頑固に一人で帰るというのを尊重しようとしてくれて、でも結局ほうっておけなかったんだろう。

結局は保護者気分なんじゃないの? 私のこと、気は強いけど頼りないと思ってるんでしょ。いつもこんなにぼろぼろなわけじゃないんだよ。



なんだろう、私。泣いたからかな、眠ったからかな、さっきよりずっとすっきりしている。もう一度、会えたからかな。

「大地さん!」

耳元で声をかける。

「え? あれ?」

大地さんはきょろきょろと見回した後、やっと状況を把握したようだった。

「あれ? なんで? わかんないかと思ったのに」

無言でビーチサンダルを指差すと、理解した様子だ。五月にこんなものを履いて電車に乗ってる人はなかなかいない。

それにね、服も同じだし、予想して見れば雰囲気とかでそれなりにはわかるんだよ。予想外のところで予想外の格好で出てくるから、全然わからないの。そんなに人をまるで見分けられなかったら、毎日大学で困っちゃうでしょう?

大地さんは、私のことがわかってるのかわかってないのか、よくわからない。