世界はまだ君を知らない





「相変わらず旦那さんと仲が良いようで」

「そうなの〜!ほら、ずっと東京と札幌で遠距離恋愛だったじゃない?だから結婚して毎日一緒っていうのが超幸せで!この前もね……」



背中を向け歩き出すと、旦那さんとのことをのろけるように、きゃっきゃと話を続ける若菜さんに、仁科さんの「はいはい」と呆れたように小さく笑う声が聞こえる。



……なんか、ちょっと胸が痛い。

チク、とかすかに刺さる棘の感触に、切ない感情のような、そんなことを思う自分が小さく思えるような、複雑な心が入り混じる。



……嫌だな、自分。



仁科さんが前にいたお店のスタッフなら、仲が良くても当たり前だ。

出会って2ヶ月足らずの私より、他の人のほうがいろんな彼を知っていて、いろんな顔を見せてきただろう。



そう分かっていても、少し苦しいなんて。

変わっていく心は、いい意味ばかりではないのだと思い知る。



ひとりスタッフルームを目指し廊下を歩きながら、先ほど仁科さんから受け取った紙袋をよくよくみれば、薄ピンク色のその袋には『Champs-Élysées』の文字。



シャンゼリゼ……って、駅近くにある人気のケーキ屋さんだ。

ということはケーキ、なら冷やしておいたほうがいいよね。



そう考え、スタッフルームの向かいの給湯室へ入ると、冷蔵庫を開けて紙袋の中を覗き込んだ。

するとそこには、ケーキが入っていると思われる箱の上に白色の長財布が置かれていた。