世界はまだ君を知らない




ダメだなぁ、ぼんやりして……。



昨日の一件から一夜が明けた。

気を取り直して始めた今日の仕事。けれど、頭の中には健吾の言葉と仁科さんの姿がぐるぐるとめぐっている。



あぁもう、あんな男の言葉に未だに左右されているなんて……自分のダメ人間!



「千川?」

「わっ」



突然呼ばれ顔を上げると、そこにいたのは仁科さんだった。

しゃがみこみ書類を拾う私を見つけ何事かと思ったのだろう。彼は視線を合わせるようにしゃがみ、不思議そうにこちらを見る。



「あっ……すみません、転んで散らかしちゃって」

「そうか。怪我は?」

「いえ、大丈夫です」



一瞬視線が合うけれど、昨日のことを思い出すとなんだかちょっと気まずくて、目をそらしてしまう。

けれどそんな私にも仁科さんは昨日のことを掘り返したりはせず、一緒に書類を拾うと、それを私に手渡した。



「ありがとう、ございます……」

「足元、気をつけろよ」



そしてぽん、と頭をなでると自分の仕事に向かうように部屋を出た。



……優しい、なぁ。

それに比べて、私はずるい。

聞かれないことに甘えて、自分の言葉ではなにひとつ言えていない。



だって弱さを知られて、失望されるのが怖い。

結局なにひとつ変われない人間なんだと知られるのが、怖い。



その手の感触を確かめるように、なでられた頭をさすった。