「お、俺…僕もですか?」
夏生は驚きを隠せない。
どうしてこんなことになったのか。
函館へ俺も?
何かの間違いに違いない。
きっとそうだ。
きっと…
「本当に行くのですよね…」
肩を落として夏生は言った。
「ええ。もちろん。私は一度決めたことはきちんとやりきりますから。」
「ですが旦那様とご一緒のときはいつも使用人長や芳子さんを連れて行くじゃないですか。どうして僕が…」
「今回は私だけよ。あの人は行かないわ」
「…!?」
なんてこった。
奥様とふたりきりだと…!?
ど、どうすればいいんだ。
気まずすぎる。
「やってくれるわね?夏生」
「…」
奥様は満面の笑みで夏生をみつめた。
だめだ。
眩しすぎる。
「かしこまりました。奥様」
根負けした夏生は深々と頭を下げた。
夜も更けた頃、屋敷の一室。
うっすらと外から明かりが漏れている。
部屋にはこの屋敷の主と思われる若い男がソファに座っていた。
それともう1人。
レースのついたネグリジェに身を包んだ若い女性。
彼女は男の隣に座り、話しかけた。
「今回の件、了承してくださいますよね?」
女性…この家の奥方様は優しく微笑みかけた。
「俺としては不本意なのだが」
彼女の夫でありこの屋敷の主、炎天寺雅秋はムスッとした様子で答える。
それを察したのか彼女は尋ねた。
「なにがですか?」
「…言わなきゃ分からんことか?」
「いいえ。でも夏生と2人で楽しんできますよ」
「…っ」
その言葉に顔が歪む雅秋。
「今からわくわくだわぁ、2人旅なんて」
わざとらしく言っているのにも気づかず、雅秋の顔はますます歪み始める。
それにニヤニヤする奥方様。
ついに耐えきれなくなった雅秋は口を開いた。
「だから…」
「だから?」
「夏生は若い…」
「で?」
「それに比べて俺は…」
「俺は?」
「何かあったら…」
「もう、はっきり言ってくださらない!?」
奥方様が声を少し荒げて言った。
声を荒げるなんてあの時以来滅多にないはずだ。
そんな状況に驚いたのか雅秋は早口に話した。
「だから…俺は心配なんだよ!」
「…」
しばらくの沈黙の後、奥様はいつもの笑顔で雅秋の手を取った。
「よく言えました」
「お前は本当に意地悪だな」
疲れきった様子で呟く雅秋。
「昔からです」
「なぁ…ひとつだけ頼んでもいいか」
「なんです?」
「今回の旅行、考え直してはくれないか」
「嫌です」
即答だった。
ソファで呆然としている雅秋の姿に奥方様はくすりと笑って、
「おやすみなさい」
と一言言うと部屋を後にしてしまった。
残された雅秋はため息をつく。
「小春の考えていることは俺には分からん…」
『小春』。それが奥方様の名前だった。
夏生は驚きを隠せない。
どうしてこんなことになったのか。
函館へ俺も?
何かの間違いに違いない。
きっとそうだ。
きっと…
「本当に行くのですよね…」
肩を落として夏生は言った。
「ええ。もちろん。私は一度決めたことはきちんとやりきりますから。」
「ですが旦那様とご一緒のときはいつも使用人長や芳子さんを連れて行くじゃないですか。どうして僕が…」
「今回は私だけよ。あの人は行かないわ」
「…!?」
なんてこった。
奥様とふたりきりだと…!?
ど、どうすればいいんだ。
気まずすぎる。
「やってくれるわね?夏生」
「…」
奥様は満面の笑みで夏生をみつめた。
だめだ。
眩しすぎる。
「かしこまりました。奥様」
根負けした夏生は深々と頭を下げた。
夜も更けた頃、屋敷の一室。
うっすらと外から明かりが漏れている。
部屋にはこの屋敷の主と思われる若い男がソファに座っていた。
それともう1人。
レースのついたネグリジェに身を包んだ若い女性。
彼女は男の隣に座り、話しかけた。
「今回の件、了承してくださいますよね?」
女性…この家の奥方様は優しく微笑みかけた。
「俺としては不本意なのだが」
彼女の夫でありこの屋敷の主、炎天寺雅秋はムスッとした様子で答える。
それを察したのか彼女は尋ねた。
「なにがですか?」
「…言わなきゃ分からんことか?」
「いいえ。でも夏生と2人で楽しんできますよ」
「…っ」
その言葉に顔が歪む雅秋。
「今からわくわくだわぁ、2人旅なんて」
わざとらしく言っているのにも気づかず、雅秋の顔はますます歪み始める。
それにニヤニヤする奥方様。
ついに耐えきれなくなった雅秋は口を開いた。
「だから…」
「だから?」
「夏生は若い…」
「で?」
「それに比べて俺は…」
「俺は?」
「何かあったら…」
「もう、はっきり言ってくださらない!?」
奥方様が声を少し荒げて言った。
声を荒げるなんてあの時以来滅多にないはずだ。
そんな状況に驚いたのか雅秋は早口に話した。
「だから…俺は心配なんだよ!」
「…」
しばらくの沈黙の後、奥様はいつもの笑顔で雅秋の手を取った。
「よく言えました」
「お前は本当に意地悪だな」
疲れきった様子で呟く雅秋。
「昔からです」
「なぁ…ひとつだけ頼んでもいいか」
「なんです?」
「今回の旅行、考え直してはくれないか」
「嫌です」
即答だった。
ソファで呆然としている雅秋の姿に奥方様はくすりと笑って、
「おやすみなさい」
と一言言うと部屋を後にしてしまった。
残された雅秋はため息をつく。
「小春の考えていることは俺には分からん…」
『小春』。それが奥方様の名前だった。

