夏生達使用人の部屋は屋敷の屋根裏にあった。
子供の使用人は数人につき一つの部屋を与えられ、12歳を迎えると一人一つの部屋を与えられるようになる。
「よいしょっ」
夏生はベッドに腰掛け、先程貸してもらった本をさっそく開いた。
まだ発行されたばかりの新しい書の独特な香りが夏生の鼻をくすぐる。
その後夏生の部屋からは、ページをめくる音だけが聞こえた。
日が傾き始めたその日の夕方。
誰もいない廊下を歩く夏生の姿があった。
向かうのは奥方様の部屋。
「奥様。失礼します」
夏生はノックをしてドアを開けた。
奥様は先刻まで一緒に食事をした椅子に座り、何か古い手帳のようなものを眺めていた。
「来てたのね。夏生」
奥様は顔を上げ、夏生を見上げる。
「読み終わったの?それは」
夏生が抱えていた本に視線を下げて奥様は問いかけた。
「それが…」
夏生は見るからに視線をそらし、右手で頬をひっかいた。
それもそのはず、読み始めて数ページ、半分にも満たないところで睡魔が夏生を襲い、撃沈。
「不甲斐ないです…とても」
夏生は申し訳なさそうに呟く。
そんな夏生にを叱りもせず、奥様は笑顔で言った。
「そんなことだろうと思ったわ」
「え…」
「興味がないことを無理にやろうとすれば当然のこと。私だって兵法を習いなさいって言われたらきっとそうなっていたわ」
屈託のない笑顔で言う様子ではきっと本心なのであろうと夏生は思う。
奥方様は嘘を知らない。知っていたとしても嘘をついたことなど一度もないだろう。
「でもこれで決まったわ」
ぱあっと迷いが晴れたように奥様は言うと、椅子から立ち上がった。
「何をお決めに?」
夏生が尋ねる。
「旅行に行こうとおもうの」
「旅行…ですか?」
旅行はこの家ではそう珍しいことでもない。
旦那様はいつも奥方様に対し、穴埋めを旅行でなさっている。
仕事で奥方様に寂しい思いをさせてしまっていると。
旦那様は思いやりのある御方だ。
年に数回各地を旅行し、それを夫婦の憩いとしている。
だが奥方様から旅行に行くと言いだすなんて…
「どこへ行くのですか?」
「函館」
「は?」
今なんと?函館ですか?あの?遠い北の地の?
「恐れながら申し上げます。奥様」
「なに?」
「正気ですか」
「ええ」
即答だった。
「ここからどれだけかかると思っているのですか!?」
本州の最北端に行くまでが数日、そこから海を渡らなければなるまい。
いくらなんでも遠すぎる。
「もちろん分かってるわ。でも大丈夫よ。そんなに心配しなくても」
奥様は笑顔で答えた。
「貴方も行くから」
「へ…?」
子供の使用人は数人につき一つの部屋を与えられ、12歳を迎えると一人一つの部屋を与えられるようになる。
「よいしょっ」
夏生はベッドに腰掛け、先程貸してもらった本をさっそく開いた。
まだ発行されたばかりの新しい書の独特な香りが夏生の鼻をくすぐる。
その後夏生の部屋からは、ページをめくる音だけが聞こえた。
日が傾き始めたその日の夕方。
誰もいない廊下を歩く夏生の姿があった。
向かうのは奥方様の部屋。
「奥様。失礼します」
夏生はノックをしてドアを開けた。
奥様は先刻まで一緒に食事をした椅子に座り、何か古い手帳のようなものを眺めていた。
「来てたのね。夏生」
奥様は顔を上げ、夏生を見上げる。
「読み終わったの?それは」
夏生が抱えていた本に視線を下げて奥様は問いかけた。
「それが…」
夏生は見るからに視線をそらし、右手で頬をひっかいた。
それもそのはず、読み始めて数ページ、半分にも満たないところで睡魔が夏生を襲い、撃沈。
「不甲斐ないです…とても」
夏生は申し訳なさそうに呟く。
そんな夏生にを叱りもせず、奥様は笑顔で言った。
「そんなことだろうと思ったわ」
「え…」
「興味がないことを無理にやろうとすれば当然のこと。私だって兵法を習いなさいって言われたらきっとそうなっていたわ」
屈託のない笑顔で言う様子ではきっと本心なのであろうと夏生は思う。
奥方様は嘘を知らない。知っていたとしても嘘をついたことなど一度もないだろう。
「でもこれで決まったわ」
ぱあっと迷いが晴れたように奥様は言うと、椅子から立ち上がった。
「何をお決めに?」
夏生が尋ねる。
「旅行に行こうとおもうの」
「旅行…ですか?」
旅行はこの家ではそう珍しいことでもない。
旦那様はいつも奥方様に対し、穴埋めを旅行でなさっている。
仕事で奥方様に寂しい思いをさせてしまっていると。
旦那様は思いやりのある御方だ。
年に数回各地を旅行し、それを夫婦の憩いとしている。
だが奥方様から旅行に行くと言いだすなんて…
「どこへ行くのですか?」
「函館」
「は?」
今なんと?函館ですか?あの?遠い北の地の?
「恐れながら申し上げます。奥様」
「なに?」
「正気ですか」
「ええ」
即答だった。
「ここからどれだけかかると思っているのですか!?」
本州の最北端に行くまでが数日、そこから海を渡らなければなるまい。
いくらなんでも遠すぎる。
「もちろん分かってるわ。でも大丈夫よ。そんなに心配しなくても」
奥様は笑顔で答えた。
「貴方も行くから」
「へ…?」

