「俺には分からない。総司が何を言いたいのか。俺は察しが悪いんだ」
そう言って屯所の庭を眺める。
土方は手をきつく握りしめた。
本当は察しが良いんだ俺は。
ただ、思っていることが顔に表れやすいから。
ぐっとこらえる土方の顔は少し強張っている。
「悲しそうな顔をするな。お前らしくもない」
誤魔化すように総司に話しかけた。
「俺らしいってなんですかね…」
「そのままだろ」
わざと素っ気なく答えた土方。
しばらくの沈黙が流れる。
その後、総司は一礼すると、その場を後にした。
「…すまない…総司」
総司に聞こえないように土方は小さく呟いた。
「分かってるんだ…本当は…」
『副長と1番隊隊長』。
そんな簡単な関係ではないと先程総司に言ったのは自分だ。
だけど…
「副長と1番隊隊長の関係は今一番俺たちに絡みついてくるんだ」
必然と自分に絡みついてくる、目には見えない重たい鎖。
自分自身、一人の侍としてではなく、副長としての義務を遂行した。
その時点で俺たちはただの侍じゃないんだと気づいた。
俺たちは幕府のために戦う侍、新選組。
総司の言葉が自分のなかで繰り返される。
「俺らしさ…か」
ひとり取り残された土方はうつむいて、志に燃える瞳から一粒の雫を落とした。


土方にこっぴどく説教をくらったのち、二人は自室に戻っていた。
下っ端の隊士達は複数人で一部屋をもつ。
葵と咲太郎は何かの因縁か、同室だった。
「いやー怖かったなぁ、副長」
「お前がもっと早く気づけばよかったんだ」
ため息をついて畳に座った葵。
「なんで俺のせいなわけ?小春ちゃんが気づいたんだろ、第一葵が小春ちゃんに見とれて…」
「見とれた?ふ、ふざけるのもいい加減にしろ」
「明らかに動揺してますけど?」
声が震えていてバレバレな葵に呆れつつも、咲太郎は言った。
「でもよかったね。お咎めが小さくて。」
「なぜだ?」
「俺なんかはその辺の百姓だけど葵は…」
「俺の話はするな」
きっぱりと鋭く、くさいものに蓋をするように葵は答えた。
それを聞いた咲太郎は肩を小さくして、呟く。
「『葵』って呼び捨てにするのも気がはばかられるのに…」
「俺がそれで良いと言ったんだ」
「でも…」
「俺たちは友人だろう?一人の侍として身分も何もない」
「葵…」
涙を浮かべて葵を見つめる咲太郎。
なんだか嫌な予感がした。
「嬉しいよ葵-!」
そのまま葵に飛びつく。
「ぎゃあ!」
カエルがつぶされたような声をだして葵はそのまま後ろに倒れた。
「咲っ…重いっ…咲!」
葵が咲太郎の背中をバンバン叩いても一向に動こうとしない。
「嬉しいよ。こんな土まみれな水のみ百姓の俺を友達だなんてー!」
号泣だ。
「おいっ咲っ…今すぐどかないと友人やめるぞ!」
「えっそれはやだ」
瞬時に飛び起きるところは相変わらずか。
葵は心なしか笑顔になった。
「あ、葵笑った」
「笑ってはまずいか」
「ううん、なかなか素直な葵を見れないからさ」
なんだか恥ずかしくて顔を思わず背けた。
「あ、またそっぽむく!素直になれよー」
「十分素直になった」
「そうだね」
笑う咲太郎に俺は言った。
「…なぁ咲。なにがあっても俺の友達でいてくれるか」
「うん、もちろんだよ。葵もずっと俺の友達でいてね」
誓いあった約束。
その時は特に何か考えたわけでもなく、ただ咲太郎とずっと友達でいたいという純粋な気持ちだけだった。
まさかこの誓いが後々俺たちに絡みつくことになるとはまだ知るよしもなかった。