「お仕事は?」
「!」
その言葉で我に返った。
今何時だろうか。
もう長い時間話している気がする。
背筋を冷たいものが走り、咲太郎が震えた声で尋ねた。
「ねぇ、やばくない?葵」
馬鹿でもこれはやばいと思えるか。
「ああ、やばいな」
「…」
「…」
しばしの沈黙の後、ふたりは同時に後ろを向き、同方向に駆けだした。
咄嗟に小春が呼びかける。
「あ、あの!お気をつけて!」
「またくる!」
なぜこの返答をしたのか葵にもよく分からなかった。
だが、みるみる遠くなっていく小春の声を背に何か温かいものを感じていた。


「行ってしまったわ…」
2人を見送った後、ポツリと呟いた小春ははっとしたように顔を上げた。
何考えてるのかしら私。
葵さんが「またくる」と言ってくれたことが嬉しくて…
「小春ちゃん、そろそろお客さん来る時間だから」
店の店主の声が聞こえる。
また忙しい一日の始まりだ。
「よし、今日も頑張るぞ!」
大きな声で叫ぶとなんでもできそうな気がした。


その後。
「馬鹿野郎!」
新選組の屯所に雷が落ちた。
「いったい何分遅刻したと思ってるんだ!」
眉間に皺を寄せて怒鳴りつけたのは鬼の副長土方歳三。
畳の上で正座しているのは咲太郎と葵であった。
結局2人は間に合わず、副長の部屋で大目玉を食らっていたのだ。
「遅刻した理由を言ってみろ」
「…」
少し落ち着きを取り戻した声で問いただす土方に2人は黙ったままであった。
かれこれ小一時間はこの調子だ。
初めは鬼の副長が怒るぞと面白がって、何人かの隊士たちが部屋の前で聞き耳を立てていたのだが、一向に話が展開しないので皆持ち場に戻ってしまった。
遅れてやってきた1番隊隊長沖田を除いて。
いらついている土方は気づきそうにもない。
「理由がわからなければこれ以上叱れないだろう」
「そ、それは…」
正直に言うべきではないかと、口を開こうとした咲太郎を葵は手で制し、深々と頭を垂れた。
「咲太郎は俺についてきただけなので叱らないでやってください。全て俺の責任です。申し訳ありませんでした」
「…分かった」
土方はうなずいた。
葵の言い分に納得したというよりは、葵に丸め込まれたと言った方が正しいのかもしれない。
いつも素直な葵がここまで言うのだからよっぽどのことなのであろう。
2人は罰として1ヶ月間屯所の掃除をすることになり、説教は幕を閉じた。