ある日の朝。
暑い夏も終わりに近づいていたが、京都の街はまだ暑かった。
店の前を少しでも涼しくしようと小春は一生懸命に打ち水をしていた。
「おい」
不機嫌そうな声。
端から見れば、どっかの筋者だと勘違いされそうな威圧感のある声。
でもこれがこの人の声だから。
そう思いながら小春は声のする方に顔を上げた。
「どうしました?葵さん」
小春が顔を見上げると、葵が仁王立ちしていた。
怒ったような顔でムスッと答える。
「別に用はない」
「そうですか。おはようございます」
笑顔で小春があいさつすると少し照れているのか、葵はそっぽを向いた。
「おはよう…」
耳を澄ましていなければ聞こえないような小さな声でぼそっと呟く。
その声は小春にだけは聞こえたようで、少しはにかんで笑顔を見せた。
「おはようございます葵さん。今日は良い天気ですね」
「そうだな…」
青く澄み渡る空を見上げ、葵は深呼吸する。
あれからほぼ毎日葵は小春に会いに来ていた。
それも同じ時間に。
ちょうど打ち水をしているときにすれ違うのだ。
気になったので葵に一度きいたことがある。

「毎朝ありがとうございます」
「何が?」
「わざわざ挨拶にきてくださるなんて」
「別に通勤にここを通るからついでだ」
「え、ついでですか?屯所は一本向こうの通りでここは遠回りの道ですが…」
「う…別にいいだろ」
「…?」

ますます謎は深まった。
それに…

「小春ちゃーん!」
今度は別の声。
葵とは対照的な脳天気で明るい声。
これもあの人のいいところ。
「あれ、葵もいたの?」
小走りにやってきた咲太郎は無邪気に笑って言った。
「ああ」
「おはようございます。咲太郎さん」
「おはよう小春ちゃん!俺さ小春ちゃんに会いたくて」
「そんな私なんかに…」
「いやいや俺だけじゃなくて、葵だって…ムグッ」
言葉の続きを言おうとした咲太郎の口をとっさに葵がふさぐ。
「なんだよー」
不服そうに咲太郎は呟く。
葵はほっとしたようにため息をついて、やっとの思いで言葉を紡いだ。
「お前はそうやって余計なことまで言うから…」
「余計なことじゃないやいっ。大体葵がはっきりとしないから…」
「だあああああああ!」
今までに聞いたこともないような声で咲太郎の言葉を遮る葵。
それを見ていたらなんだかおかしくなって、小春は声を上げて笑った。
「葵さんったら、一体何をそんなに必死になってるの?」
「…ひ、秘密だ」
またもそっぽを向いて誤魔化そうとする葵の顔は少し頬が赤かった。
その真意に気づいたのは咲太郎だけであったが、小春はにこにことして重大な発言をした。
「それより…お仕事は?」