その年の京の街は暑かった。
蝉の鳴き声がうるさい。
それでも人々は活気に満ちあふれていた。
伝統的な長屋が連なる通りは染物屋や問屋、八百屋から魚屋まで様々な店で埋め尽くされている。
その並びにこじんまりとした一軒の茶店。
看板には『茶屋』と何のひねりもない文字が書かれていた。
そんな面白味のない茶店が人で溢れている。
よく見ると若い男が多いようだ。
「小春ちゃん!こっちにお茶おかわり!」
「小春ちゃん!お茶とお団子二人前!」
「小春ちゃん!こっちにも団子くれ!」
「はいはーい!順番にまわりますから!」
次々とくる注文は全て『小春』と呼ばれた少女が承っていた。
美しい、というよりはかわいらしいと言ったほうが正しいだろうか。
まだ幼さが残っているが、きちんと髪を結い、着物も着こなしている。
小春がこの茶店で働き始めて早数年。
いつしか小春はこの茶店の看板娘になっていた。
訪れる客の半数以上は小春が目当て。
おかげで茶店はいつも大繁盛で小春が休みの日には茶店の前で何人もの男が泣き崩れたことはいうまでもない。
「今日は今年一番の暑さだってさ」
客の一人が小春に言った。
「本当。今日は暑いですから、皆さん倒れないようにしてくださいね」
優しい笑顔を向けて小春は答える。
その笑顔に喜ぶ男たち。
「小春ちゃんが心配してくれるなんて嬉しいねぇ」
「ここ最近、夜もじめじめとして蒸し暑いからな」
そんなたわいない話をしていると、向こうから黒い着物を着た男たちが列をなして歩いていた。
彼らの腰には刀。
その目には何かを決意したようにギラギラと光っていた。
「おいおい、こんな暑いのに黒装束とはあいつらの頭はおかしいのかい?」
「バカっ!」
皮肉を言った一人の男を連れの男がたしなめる。
「あいつらをしらねぇのかい?」
「あいつら?」
「新選組だよ」
『新選組』その言葉に小春は聞き覚えがあった。
先日の池田屋事件では多くの浪士達を捕まえた、幕府お抱えの侍達。
「だが、新選組と言えばあの浅葱色のダンダラ羽織じゃねぇのかよ」
「それがよ、あまりにも池田屋事件で有名になっちまったもんだから変えたとかいう噂だ。しかも浅葱色っちゃああんまり良い色でもねぇだろ」
「でも何で新選組が…」
小春は不安そうに呟いた。
「世の中物騒になったってことだよ。夜は特に危ねえ。小春ちゃんは気をつけなよ」
「ええ…」
颯爽と歩く新選組の後ろ姿を小春はいつまでも見つめていた。