「大沼 奈々です、よろしくお願いします。」
糞野郎の前の席、女の子が席に着く。
(…あ、そういえば、名前、知らない。)
『糞野郎』
世の中どんなに駆けずり回ったって、そんな忌々しい名前が存在することはきっとなかろう。
(この男には、ぴったりだけどね)
嫌味を零しながら、立ち上がる隣人を見上げる。
動きに合わせて、さらりと髪が揺れて、風と一緒に、甘い香りが鼻をくすぐる。
形の良い唇が、小さく開いて
「加瀬、夕です。」
『加瀬 夕』
まばらな拍手が止んで、『加瀬 夕』が座った後も、私の鼓膜には低く甘めのその声音がこびりついて離れなかった。
