それは、ある五時間目の世界史の授業でのことだった。
私は、先生の長い話に少し退屈して、何気なく窓の外を見た。
気温も少し肌寒くなり始めていて、緑が徐々に姿を消そうとしていた。
そろそろ制服も冬服に変えなきゃ。そんなことを考えながら、私はふと、下の風景を見た。そしたら、あるものが目に留まった。
私のクラスの教室の窓側は、学校に沿う細い道路と歩道に面していた。学校の近所に住む親子が手を繋いで歩いていたり、犬を散歩に連れている若い男性の姿が見えた。
しかし、私の目に留まったのは、そのどちらでもない。下を見て私がすぐに意識を集中したのは、歩道の真ん中で立っていたある人だ。
その人は抹茶色のパーカーのフードを深くかぶり、濃い青のジーンズのポケットに手を入れていた。普段こんな人を見かけても、少し怪しいな、とか思うだけで、多分気に留めなかっただろう。しかし、その人が私の目を引いたのには理由があった。
その人は、私を見ていた。
その人とバッチリ目が合った。一瞬、ぞくっと寒気がしたが、その人は目が合ったことに気づくと、すぐに目を逸らし、早足でその場を離れた。本当にあったのか疑ってしまうくらい、ほんの一瞬の出来事だった。
私は、思わず立ち上がった。先生の声が途切れ、クラスのみんなが私に視線を向けた。
「・・・村上さん?」先生は私を見て言った。「どうしたの?」
私は答えなかった。ただ呆然と、急いで歩いてゆくパーカーのあの人を目で追った。
「村上さん?」
自分の席をゆっくりと離れ、私は教室の机の間を縫いながら、扉へと向かった。
「村上さん!なにしてるの!」先生はもう怒鳴りかけていた。
しかし、私はそれを無視して、教室の扉を大きな勢いで開けた。ピシャン!、という扉が淵に当たる音は、廊下中に大きく響いた。
「村上さん!?」
先生のかすれかけた声は、もう私の耳に届いていなかった。
私は、廊下を全力疾走で駆けていった。

