あしたのうた



***


そして、水曜日。


ホームルームが終わるとすぐに学校を出て電車に飛び乗り、河原に向かうとまだ紬は来ていなかった。


紬は急遽委員会の仕事が入ったらしく、遅れると言うのは連絡が来ている。だから早く来なければならない理由なんてなかったけれど、先に着いて落ち着いていたかった。


夕方はもう涼しくなって来ている。そろそろ金木犀が香る時期だろうか、と近くの一軒家にある金木犀の木を見ながら思う。


────黄葉する 時になるらし 月人の 楓の枝の 色つくみれば


────黄葉する季節になったらしい。天空の月の世界の楓の枝が色付くのを眺めると


月人の楓、とあるが、これは中国の伝説で月には楓がある、というところから来ているらしい。実際は金木犀なのではないか、という説がある。そうだったらいいな、と俺は思う。


急に香り始める金木犀は、日本中を一気に秋だという雰囲気にする。それももうすぐの話、秋といえば七草もあるが、金木犀の方が一般には身近かもしれない。


一つ、深呼吸。


秋の風は冷たく、けれどそれが今の俺にはちょうどいい。澄んでいく思考に、考えていても仕方ないのかもしれない、という思いが浮かぶ。紬がどのくらい遅くなるのかはわからないから、どのくらい待つことになるのかもわからないけれど。


絶対に来る、という安心は、やはり今までの約束とは違う感じがした。


果たせない約束をしたつもりは、『今まで』で一度としてない。けれど、果たせないかもしれない、そして実際に果たすことのできなかった約束は、幾つもある。今までの時代柄、仕方のないことだったとしても、それが心に影を落とさない理由なんてない。


さっきまで連絡を取り合っていて、急に来なくなるなんて余程の非常事態しか有り得ない。紬が来ないなんていう選択肢を選ばないことは、俺が一番よく知っている。何か不測の事態、それもどうにもならない事態起きない限り紬は絶対に来る、そしてその非常事態といっても『今まで』より遥かに確立は低いものだ。


ふ、と溜め息を零すと、ぐーっと伸び。さわさわと水面が波立って、すうっとすぐに消えていく。赤蜻蛉が水面ぎりぎりをすいーっと飛んでいって、その先を視線で追うとぱっと誰かと目があった。


一瞬の沈黙、誰だろうと首を傾げる。どこかで見たことのある顔のような気がするが、いかんせんこの距離では判別が難しい。何処だろうと脳内を検索していると、先に相手の方があっと叫び声を上げた。


「紬の彼氏!」

「……芝山さん」