今の私は、ちゃんと知っている。百人一首にとられた、あのまるで別れることを望んでいるかのようなうたが本心でないことも、私と逢えなくなってから詠んだうたがあれだけではないことも。


「……渉」

「なあに?」

「……待ってる」


待ってるよ、ねえ。あれから何度もなんども繰り返して、色々な話を重ねて来たけれど。


またこの時代でも、この時代の彼と、あの頃の話をしてみたい。


車内アナウンスが、私の降りる駅に着くことを知らせてくる。渉と離れて、思わず逃げた熱に手を伸ばしかけて留まる。大丈夫、もう少しだけ一緒にいられる。来週もまた会えるし、いつだって連絡は取れる。


あの時代とは違って。いくらでも、連絡手段はあるのだから。


「紬、手」

「……うん」


私の変化に気付いている渉が、手を差し出してくる。その手を強く握ると、同じように握り返してきてくれる渉に一緒にいる幸せを感じて。


大丈夫。約束が、破られることはない。


「渉、ありがとう」

「唐突だね。……こちらこそ、ありがとう?」


ふふ、と笑い合って、停車した電車から降りる。あまり大きい駅ではないこの駅は降りる人は少なく、少し離れた場所にある階段から二人並んでゆっくり降りる。


「……兄貴、どこにいるんだろう」

「駅の周りに車停められるところって、意外とあるからなあ」

「田舎って割と自由だよね」

「田舎で失礼しましたーっ」

「うちもそんなに変わらないよ」

「……今度、渉の家の方にも行きたいな」


何にもなくていいなら、という彼に、渉がいればいいよとだけ軽く返す。空いた片手で顔を覆った渉に、ちょっとした仕返し。いつも嬉しい事を言ってくれるから、お返し、だ。


定期をかざして、改札を出る。改札を出たら左、を向いた時の渉の反応に、路肩に止まっている車がお兄さんのものだということに気付いた。


街灯が反射していて見えない、けれどあちらも私たちに気付いたようで、エンジンを切ると車から降りてくる。隣の渉が嫌そうな顔をしているのを見て笑いつつ、近づいてくるお兄さんに視線を向ける。


途端。


「────っ、」


脳裏を何かが過った。これはきっと、記憶だ。けれど私は全てを思い出しているはずで、そうでないとしたらあの予想が、予想の────


固まる私に、渉のお兄さんが渉そっくりの顔で笑いかけた。


「こんにちは……こんばんは、かな。初めまして、渉の兄の徹です」


────嗚呼そうか。私は、