「萩は秋の七草だけど、牡丹は違うよね。……牡丹は草ではないけど」
「彼岸の時期を考えるとわかるよ。秋の七草と秋のお彼岸の時期って被ってるけど、春の七草は人日の節句だから。春のお彼岸だと丁度牡丹の咲く季節になってる」
牡丹も、万葉集には詠われていない。そこは春の七草と同じ。出雲風土記には『ぼたん』ではなく『ふかみぐさ』として書かれていたらしいが、日本に入ってきた時期はわかっていないという。
どちらかというと、私には秋の方が身近に感じるから、気にしないけれど。きっと伝わっているうたもあれば、伝わることなく途切れてしまったものもある。その中に何があったのか、それを問うのは難しいことだ。
「確かにそうかも。ありそうでないね、春の花」
「桜とか梅とか。まあ此の花、って言われちゃうから判別つけられない場合もあるからねぇ。あとは藤、桃、椿かな、割と聞いたことある花って」
「桜だと、あれが好きだな。見わたせば、春日の野辺に、のうた」
────見わたせば 春日の野辺に 霞立ち 咲きにほへるは 桜花かも
────見わたせば、春日の野に霞が立ち、咲き染めているのは桜の花でしょうか
分かる、と頷いて、ずり落ちそうになったペットボトルを支える。くすり、と密やかに落とされた笑い声は黙殺して、綺麗だよね、と一言。
「ねえ、萩は?」
「萩なんだ?」
「じゃあ秋の花あげてみて?」
「萩の花、尾花葛花、なでしこの花、」
「渉ー!」
「あははっ」
聞き覚えのある言葉の羅列に、思わずペットボトルを外して身体ごと渉を向いた。楽しそうに笑う渉に、唇を尖らせると今度はそっぽを向いてやる。紬、と宥めるように呼ばれた、けれど笑いを孕んだままの私の名前に、もう少し困らせてみようかと悪戯心。
思えば、こういう戯れ方はしたことがなかったような気がする。いつもいつも、その時を生きるのに精一杯で。今が違うというわけでもないけれど、あの頃と状況が違いすぎるのは明白だった。
私たちは、ふつう、を知らない。だって私たちの存在自体がきっとイレギュラーで、『憶えている』から、普通にしようとしても無理で、そうでなくても今から考えたら到底『ふつう』とは程遠い生活をしていた。
そもそも普通ってなんだ、という話だけれども。私は普通を求めているわけではないから、構わないといえば構わない。記憶を持っている時点で普通なんて無理だし、そうでなくとも普通がいいと思ったことは特にない。
平和な生活ができれば、それでいい。普通でも普通でなくても、彼と二人生きていられれば問題はないのだ、私にとって。


