あしたのうた



────萩の花が咲いている野にひぐらしが鳴いているとともに、秋の風が吹いています


「秋って萩だよねえ」

「萩、秋の七草だもんね」

「秋の七草って他に何があるんだっけ」

「えっと、萩、桔梗、葛、藤袴、女郎花、尾花、撫子、……で、七つだった?」

「うん、そっか、その七つか」


春の七草と違って、秋の七草は粥にして食べることはしないけれど。そのせいか、春の七草と違って秋の七草は、その存在自体を知っているひとが少ない。


「そういえば、山上憶良が秋の七草詠ってたっけ」

「あ、そうそう。秋の野に、ってうたと、続きのうたね」


────秋の野に 咲きたる花を 指折り かき数ふれば 七種の花


────秋の野に咲いている花を、指折り数えてみると、七種類の花があります


「萩の花、尾花葛花、なでしこの花、をみなへし、また藤袴、朝貌の花」


朝貌、と詠ってはいるけれど、これはあくまで朝に咲く綺麗な花を呼んでいただけで、桔梗や木槿ではないか、と言われている。昼顔とも言われてはいるらしいが、このうたでそれは恐らくないと、私は思っている。あくまで朝顔は秋の季語だが、昼顔は夏だ。


こんなに昔から秋の七草はあった、という一つの証拠。そして、こんなに昔から、花の名前は変わっていないという、事実。


それって凄いことなのではないか、と思う。うたが伝わっていること然り、花の名前が伝わっていること然り。二千年近く前のことがしっかり残っていて、それがこの時代まで残っているなんて。


「昔から、七草ってあったんだね」

「春の七草もあった、っていうよ。でも、万葉集に七草の名前が出てるわけじゃないけど」

「そういえば聞かないね、春の七草は」

「芹はうたに出てくるけど、それ以外はないんだって。でも、出来たのは春が先で、秋が後だって考えられてる。あの時代、そもそも七種揃ってたのかはっきりしてないし、七草粥も結構適当でしょう? それに、秋の七草は山上憶良のうたったまま伝わってるけど、春の七草はそもそもうたわれてないし。春を受けて秋が出来たとしたら、春の七草は確定していなくて、途中で変わったりしてるんじゃないかな、と私は思ってる」


中学の頃、渉と同じように疑問に思って調べたことがあった。自分でもよくここまで覚えてるな、とは思うが、記憶力はいい方だと自負はしている。


『憶えている』とは、また別枠での話。あれはあくまで『経験』であって、『知識』とは別物だ。


「……そういえば、おはぎって言うけど、牡丹餅だよね。それって?」

「あ、気付いた? 私も春と秋の七草気になったときに気付いて、調べたんだよね」