駅に向かって歩き出す、腫れた目を気にして俯いた私の手を引いてくれる渉に、行き先を任せた丁度その時、だった。
「あれ、紬! ……と?」
「あー……渉、ごめん」
「もしかして、天音、さん?」
小声で渉に謝って、うん、とその問いを肯定する。苦笑いの渉を視界に入れて、それからくるっと後ろを振り返った。無視したところで、彼女は追いかけてくるに決まっている。
「まだ学校残ってたんだ、天音」
「うん! 生徒会に捕まってさぁ、仕事手伝わされてた」
「お疲れ様。じゃあ私、帰るから」
「はいストーップ!」
三十六計逃げるに如かず、とばっさりとやり取りを切って帰ろうと試みる。が、やはりと言うべきか、あっさりと進行方向に回り込まれて、なす術もなく立ち止まった。
「ってか紬泣いた!? そっちの男のせい!?」
「えっちょっ違うから! この人は関係、あるけどないから!」
「あるんじゃんほら私に隠し事が通じると思ってる!?」
「思ってない思ってないけど! とりあえずお黙り天音!」
ぴたり、と口を閉じた天音に、横で渉が吹き出す気配がした。気持ちはわからなくもない、が、今は目の前の天音である。
はあ、と大きな溜め息を一つ吐いて、仕方なく、という体を前面に押し出した。う、と詰まる天音が怖気付いたのが分かる。ちらっと視線を投げると、引き気味の天音がごめん、と項垂れた。
「分かればよし。失礼でしょ、突然。ごめんね渉」
前者は天音に、後者は渉に。
更に頭を落とす天音に、気にしなくていいですよ、と渉が声をかける。そんなこと言ったら、と嫌な予感を覚えていると、勢いよく顔を上げた天音が「それはよかったです!」と調子よく宣った。
「渉、この子、こういう子だから……」
「あーうん、理解した……」
「私、芝山天音です! 紬とはクラスメイト!」
「えーっと、妹尾渉、です。紬、とは……」
渉の言葉が止まった。私に視線を向けてくる、けれど私もなんて言えばいいのかなんて分からない。
私にとって、渉は家族でも友達でも、勿論今この時代では彼氏でも許嫁でもなく。私は渉のことが好きだけれど、今ここで言うものでもない。だとするなら、人に名乗れるような肩書きなんて、私たちの間にはない。
と、思っていたのだけれど。
「……嗚呼、運命共同体、かな」
思いついた、というように漏らした渉の顔をそっと見上げる。ぱちぱち、と目を瞬かせる私に、渉が悪戯気に笑った。
「……とりあえず、二人が私にはわからないふかあい関係にあるってことは分かった」
「天音はそれでいいよ」
運命共同体。


