あしたのうた



「そっか。ねえ、紬」

「なあに、渉」


名前を、呼び合う。自分を確信するために、彼を確信するために。お互いの名前を、しっかりと。


「紬は、信じて欲しいって言ったね」

「……うん」

「信じたら本当になるって。だから紬は、記憶も過去も未来も信じるんだって。────ねえ、だったらさ、紬」


紬が未来を信じなかったら、否違う未来を、彼と彼女のいない未来を信じてしまったら、それが未来になってしまうんじゃないのか。


嗚呼、と思う。その発想はなかった、と。


瞳から滑り落ちた涙を彼が掬った。次から次からと流れていく雫を、何度もなんども、落ちることの無いように。


「紬が信じる未来を、紬が信じる未来なら、俺も、信じてみたい。だから、紬。紬は、信じていてよ。お願いだから。そうしたら、俺だって、未来を、『あした』を信じることができる。間違えた未来を、紬の望まない未来を、信じないで」


こつん、と渉が私の額と自分の額をくっつけて。滑り落ちる涙は、今度は垂れ流したまま。


「俺が聴く。いくらでも、紬の不安も悩みも不満も全部ぜんぶ。だから紬はひたすらに信じて。俺たちの未来を、あしたを。それを疑うのは、俺一人で、十分だ」


そんな哀しいこと言わないでよ、とは、とても言えなかった。


それでも、信じたいと言う。信じると言う。未来や『あした』そのものではなく、私の望む、私の考えるそれらを、彼は。


「わか、った」


そうだとするのなら、私は彼の望む通り、どんなことがあっても繰り返す未来を信じるよ。


この先どんなに苦しく辛い、残酷な未来が待っているのか知れない。それでも繰り返してさえいれば、何度だって私と彼は、彼と彼女は出逢うことができる。その時代時代で、幸せな自分たちの形を、作ることができる。


残酷な未来だけではない。きっと、優しい『あした』だってあるはずなのだから。


そう、それは他愛もない。例えばこうして話している時間とか、教室から見える青空とか、感じる体温とか、涼しい秋風とか、彼と二人駅へ向かう道のりだとか。


たった、それだけ。否、たった、ではなく、されど。


私と彼には、それでいい。


今までの経験があるから。他愛もないやり取りが、どれだけ貴重な時間なのか、私と彼は知っている。


だから。


「信じる、よ」


揺らぐこともあるかもしれない。見失ってしまうことも、迷ってしまうこともあるかもしれない、だがそれでも、否きっとそれでいい。だって、私と彼は、お互いに一人ではないのだから。


揺らいでも、見失っても、迷ってしまっても、彼がいる。渉がいつだって私を引き戻してくれる。だから大丈夫、私はただ、『あした』を、彼と彼女のいる『あした』を、ひたすらに信じていれば。