ねえ、渉。
「約束が果たせなくなることがこわいんだ。だからここまで、俺は。そして多分その原因は、────『記憶』の中に、あるんじゃないか、って」
違うよ、とも、そうだよ、とも、口にはしない。私は、知っている。彼がそうなってしまった原因を、知っている。
「今もまだ怖いよ。でも、ちゃんと、信じたい気持ちも自覚はしてきてるから。だからね、紬。俺は別に、約束をしたくないわけじゃないんだ」
寧ろ、紬となら。紬となら、約束をしたいと。
「約束を、しなきゃいけないと、そう思ってる」
来ないかもしれないあしたではなくて、来るかもしれないあしたの、未来のために。
「私だってっ」
ねえ渉。
漸く私に視線を向けた渉に噛みつくように、言葉を発した。驚いたように、けれどどこか待っていたように私を見るその視線は、無言で私の言葉の先を促す。その視線に抗えることも出来ず、抗う気もない私は、素直に言葉を吐き出した。
「私だって怖いよ。あしたが来なかったらって、未来が来なかったらって。だって、来なかった。そういう体験を私も渉もしてきてる。だから他の人より怖くなっちゃうのは多分当たり前でもあって、……だって、文と聡太郎の最期を、思い出したんでしょう?」
痛みを堪える顔で頷いた渉に、待ってたよ、と一言だけ。思い出すのも辛いくらいの、痛ましい、事件。そう、あれは、紛れもなく事件で事故だ。
遅かれ早かれ渉も思い出すと思っていた。あの出来事を、思い出したくないと思ったって、思い出さないわけがないと思っていた。
「……ごめんなさい、聡太郎様。私が、お祭りに行きたいなんて言わなければ、あのような事にはならなかったのに」
「それは、文のせいではないよ。俺だって行きたいと思って、文を連れ出したのだから」
「……聡太郎様に、あんな咎を負わせるつもりなんて、なかったのに」
あの日、私がお祭りに行きたいと言って。聡太郎様が、珍しく二人きりで行くかと言ってくれたのに舞い上がって、私と聡太郎様はお付きの人の目を盗んでお祭りの会場に繰り出して。
そこで私は、今でいうやくざのような男たちに、聡太郎様の目の前で殺された。
渉と同じように、未来を信じることを苦しんでいた聡太郎様の目の前で。酔った男たちに試し斬りと称して斬られた私は、ほとんど即死に近かった。
彼が未来を信じなくなったのは、もっともっと、もっと昔の出来事が原因だ。
けれどこの日の出来事だって、今渉が苦しんでいるその一端を担っていることに変わりはない。


