私たちは多分、一緒にいる時間が長すぎるから。その分、言葉の大切さを知っているはずなのに、言葉にしなさすぎる面もあるのかもしれないと、漸く気付いた。
言わなくても分かるだろう、ではなくて。分かるかもしれないけれど、言葉を尽くさないと伝わらないことも、言葉を尽くしても伝わらないことだってあると。
だから。
「紬」
呼ばれた自分の名前に、すいっと視線を向けた。
その、一週間ぶりの顔を認めて、小さくその名前を呟く。一度視線を外して、もう一度視線を合わせて、渉、と今度ははっきりとその名を呼ぶと、ぎこちなく笑う彼にこちらも小さく笑い返した。
「隣、いい?」
「うん。おいでよ」
とんとん、と自身の隣の芝生を叩く。素直に私の隣に腰を下ろした渉が、言葉を探るように唸る。
私も声をかけるにかけられなくて、その場に沈黙が降りた。
ちらほらとすぐ傍の道を通る高校生の声が聞こえる。さわさわと涼しい風が私と渉の間を抜けていく。それに伴って波立つ水面が波紋を立てる。風で飛んできた茶色い枯れ葉が、静かにさざめく水面に降り立った。
「……俺」
ぽつり、と渉が言の葉を落とす。一度だけちらっと彼に視線を向けて、それからすぐに目の前の水面に戻した。
「紬の言うように、俺は、『未来』が、『過去』が『記憶』が、嫌いだよ。『あした』なんて何の保証もないのに、どうして約束ができる? また明日、なんて言える?」
そうだね、とも違うよ、とも言えない。勿論口を挟むつもりはないし、何か言える言葉があるとも、思っていなかったけれど。
「明日が来ないかもしれないのに、未来なんて、ないかもしれないのに。過去だって、記憶だって本当にある確証なんてないのに。世界五分前仮説って、紬は知ってる? 世界は五分前にできた、って仮説。俺たちの持っている『過去』の『記憶』は、『何か』が作ったものなんだって。そうじゃない証拠なんて、どこにもないよね? だったら何が信じられると思う? 来ないかもしれないあしたも未来も、確実じゃない過去も記憶も、信じられると思う?」
それでも私は、信じたいと思うよ。
答えを求めているわけではないのは分かっていた。だから、私は何も言わない。なにも、言えない。
「でも俺、ちゃんと憶えてるんだよ。晶子のことも清吾のことも、文のことも聡太郎のことも。……思い出したんだ、全部、聡太郎だった頃のこと。そういうの、記憶だけじゃなくて、身体が、耳とか目とか、無意識のところで憶えてるんだ。信じてないはずなのに、過去も記憶も信じてないはずなのに、俺は清吾を知ってる、聡太郎を知ってる。────あの、身を切るような痛みを、俺は」


