「ねえ紬、俺はね」
私の言葉を遮って、渉が強めに言葉を発した。ふつり、と私が口を噤んだのを見て、泣きそうになりながら渉が笑うのがぼんやりとした明かりの中見える。
「紬と会えて、嬉しいんだ。それだけは、信じて」
「……渉」
「今日はもう、遅いから。心配してるんでしょう、ご家族。だから、また、来週」
「……水曜日」
「そう。俺が約束、破ったこと、あった?」
ゆるゆると、首を左右に振った。上出来、揺れる声で言った渉から視線を外す。
滲んだ声には気付かないふり。渉はちゃんと、会いに来る。
「今日の河原でいいかな。そこで全部、話すよ。俺の気持ちも、考えも、さっきの問いの答えも」
「……待って、る」
「うん、待ってて。今日は色々あって疲れたでしょう? ゆっくり休んでね。……紬」
「うん?」
「ほら、泣かないの。びっくりしちゃうでしょう、家族が。大丈夫、最後じゃないよ」
「わ、たる、ごめ……っ」
「家、着いたんでしょう? 中入りな?」
村崎、の表札がかかった一軒家。立ち止まった私を渉が見逃すはずなんてなく、呆気なく手を離された私は縋るようにその制服の裾を掴む。
また彼に『未来』を突きつけた自分が不甲斐なくて、渉の優しさにまさか一生会えなくなってしまうんじゃないかと不安になって。
「……紬」
「わ、たる」
「俺は、ちゃんと、会いに行くよ」
言外に、聡太郎でも清吾でもないよ、と言われた気がした。
素直に引き下がって、制服を離して敷地内に足を踏み入れる。手に持っていたタオルを思い出して渡そうとした私に、持ってていいよ、と渉が笑った。
「ちゃんと、返してね。来週の水曜日、河原にいるから」
「ちゃんと、返すよ。来週の水曜日、河原で」
視線を合わせて、数秒。
「────栲縄の、」
────栲縄の 長き命を 欲りしくは 絶えずて人を 見まく欲りこそ
────栲縄のように長く生きていたいと思うのは、あなたのことをずっと見ていたいと思うからなのです
栲縄、たくなわとは、万葉集では長いという意味を持つ。
もう、私は、自覚した。だからこのうたを、渉、貴方に贈ることを、許してほしい。
「また、来週」
それだけ言い残して、くるりと踵を返す。後ろを振り向かぬまま家の中に入ると、一呼吸おいてただいま、と紡いだ。


