あしたのうた



喜んでほしくないわけではないけれど、でも、だって。心の中で荒れ狂う声は治まらず、それを口に出してしまわないことで精一杯だった。


黙り込んでしまった私に、隣の彼が今どういう表情をしているのかは分からない。冷やしている目は少しずつ熱も引いてきていたけれど、渉の表情を見る自信が、私にはない。


「紬」


優しく私の名前を呼ぶ渉に、ごめんね、と今度は聞こえる大きさの声で謝る。嗜めるように私の名前をまだ彼に、もう我慢しなくてもいいだろうかという考えが頭を擡げる。


もう言ってしまったって。早いと思っていたけれど、口に出してしまった言葉を取り消すことはできない。


それを、私は、知っている。


口にした言葉が、思った通りの意味で伝わることが絶対ではないことも。時として、意味というものは違うように解釈されて相手に届いてしまうことを。


私と彼の間で、そうなったことはないけれど。そうなってしまったのは別のところで、時代の流れがきっとそうしてしまって────時代の、流れ?


私は、何を知っている?


「つむぎ」


呼ばれた声にはっとする。ペットボトルを外して、すぐには戻らない視界に目を眇めながら隣の渉を見上げる。


感じた違和感には蓋。記憶を持っていれば、こういう体験は初めてではないから。今大切なのは、彼の、渉の話だ。


そう、我慢したって仕方がない。ここで飲み込んだって、私も、そして渉ももやもやするだけ。だったらいっそ、ぶつけてしまった方が。


「……渉は」


元に戻った視界で、彼をしっかりと見据える。困惑しながらも私の視線を受け止める渉は、何かに気付いているようで。


そうやって、渉は、全部わかってしまっているのだろうか。


「渉はどうして、無理に喜ぶの?」


ねえ、と落とした言葉に、渉が目を見開いた。


「な、んで?」

「渉、信じてないでしょう? 記憶も未来も過去も、『あした』なんて信じてないでしょう? なのになんで喜ぶの? 喜んでくれるの? 渉から、約束なんてしてくれるの? 私がしたい約束、先回りして言っちゃうの? わたるは、」

「紬」

「わたる、は、本当は、嫌なんでしょう……?」

「紬!」


がたん、と手の中のペットボトルが滑り落ちた。その音の大きさに思わず身を竦ませると、ゆったりとした動作で渉が落ちたペットボトルを拾う。拾ったそれを私に返すことはせず、渉は手持ち無沙汰に弄ぶ。


車両内の乗客は私たちだけではなかったが、何人かいる他の乗客は私たちに一度視線を向けるとすぐに散らす。他人への関心が薄くてよかったと、他の人がいるのに問い詰めてしまったことを少しだけ後悔した。