「……あのね、紬」
「……ん?」
「やだなあ、また泣いてるの?」
「だってぇ……」
困ったなあ、と零しながら、困ったように笑っている彼の顔が想像できた。ペットボトルで視界は暗い。繋いだ手はそのまま、反対の手で渉が私の頭を撫でたのを素直に受け入れる。
「紬は泣き虫だね」
だとしたら、それは渉のせいだ。
「ねえ、紬。約束をしようか」
また。彼からの、約束。
嗚呼、と思う。気付いてしまう。彼が言おうとしている約束に、私が言い澱んだその中身に彼が気付いていることに。
彼が言い出す約束は、大抵は私のためのもの。彼は約束を、否根拠のない『未来』を嫌っているから。彼自身のために交わす約束というのは、本当はないのかもしれない。
「来週の、そうだな、水曜日。紬は、空いてる?」
ほら、やっぱり。ねえ渉。渉はどうして、そこまでしてくれるのだろうか。
きっとそう問いかけたら、紬だから、と言って笑うのだろうとは思うけれど。そしてきっと、その言葉に嘘なんてないということは、私だって同じようなものだから分かってはいるのだけれど。
彼に自分のしてほしいことだけを押し付けて、彼の事情は一切省みない。私のしていることは、多分それに近い。
だから、負い目というか、引け目、を感じてしまう。彼に対して、もうそれ自体を感じてしまう自分が嫌にもなってくる。
ホームに滑り込んできた電車が止まって、ドアの開く音。ペットボトルを取って何度か瞬きを繰り返す私を、渉が手を引いて電車内に誘う。
空いている車内で、端の席に二人並んで座って。また目を冷やし始めた私の名前を、彼が呼ぶ。少しだけ零した涙はもう止まっていて、私は渉、と彼の名を呼び返した。
「ごめんね、渉」
一度だけ、そう小さい声で謝る。隣の渉に聞こえないよう、小さな声で。最も走行音の大きい電車内で声を聞き取るのは、存外難しいことなのだけれど。
「水曜日、空いてるよ」
だから、先程の問いにそれだけを返す。そっか、と嬉しそうな相槌はまるで彼も私と会えるという約束を喜んでいるようで。
どうして、と思わず零した声は、思いの外大きいものになっていた。
「……どうして、って?」
困惑したように訊いてくる渉に、息を呑む。言うつもりなんてなかった、訊くつもりなんてなかった。ただ溢れてしまって、困らせるつもりなんてなかったのに、どうしても我慢ができなくなってしまった。
どうして、そんな風に喜ぶの。『未来』を信じていないんでしょう、『過去』も『記憶』も、信じていないんでしょう。
それなのに、どうして私と会える約束で、『未来』を表す約束で、喜ぶの、と。


