それなのに。今の私には、役不足、ということなのだろうか。
大きい関係は、大枠の関係は変わらなくていい。私と彼を表す関係は、今までと同じで、あわよくばその先に行くことができれば、それでいい。
細かい関係は。私と彼の在り方だったり、対応のし方だったり、頼ることだったり頼られることだったり。そういったところは、もっと変わっていけばいいと。変えていきたいと。
私だけではなくて、彼の生きやすいように。
どうか、とかみさまに願う。どうかこの時代では、私と彼が長生きできますようにと。平和に、何事もなく、歳を重ねた末にその命を終えることができますようにと。
その中で、ゆっくりでいいから。彼との関係を変えることができたら、と。彼も言葉にできるように、言葉を飲み込んでしまわないように。少しずつ少しずつ、変えていければ。
「ねえ渉」
もっと、渉が知りたい。
「……話、しようよ」
少し前、渉が言った言葉と同じそれを口に乗せる。少し困ったように、けれどどこか嬉しそうに。頷いた彼から離れて、今度は二人横並びに座った。
彼ではなくて、渉を知るための。そうやって少しずつ、渉を知っていって。ずっとずっと、ずっと昔から変わっていない関係を、この時代でも築くために。
私はきっと、渉を好きになる。
ずっとずっと、そうだった。それだけは変わることはない。私と彼を表す関係が変化することはない。
あるとしたら、それは今まで私たちができなかったその先に進めた時だけだ。
「私は、渉のことが知りたい」
隣の渉を見上げて、そうストレートに言い放つ。ふと口籠った渉が、すぐに小さな笑みを零した。
「俺も、紬のことが知りたい」
ねえ、渉。
心の中でそっと呼びかける。何度もなんども、呼んだ名前。この時代の私にとって、これ以上ないくらいに大切な、彼の名前。
聡太郎でも、清吾でも、他の誰でもない彼自身の名前だ。
私と彼には、他の人にはない、本来なら憶えていないはずの『過去』がある。
だからこそ、名前というものを私は大切にしていきたかった。
私という彼女と彼はずっとずっと、ずっと昔から存在していようと、文であったとき、聡太郎であったとき、晶子であったとき、清吾であったとき、そして紬と渉でいることができるのは、その時代でしかない。次になったら、それはもう違う人間なのだ。
いくら記憶を持っていようとも。彼女と彼は、いつもいつも同じ人間だということには、なりえない。
それでよかった。だって、違うのだから。関係が変わっても、彼が言葉にできるようになっても、構わないはずだから。
────だから。


