次の時代では、と願い、そうしていつも裏切られてしまう。それを繰り返してきて、それでも私は『未来』を諦めることはなかった。


それが、漸く平和な時代になったからだろうか。かみさまの悪戯が、ひとつ増えたのだろうか、それとも減ったのだろうか。


私と彼の名前。村崎紬と、妹尾渉。


────むらさき、と、いもを。


思い出すのはあの二つの和歌。本気だとも、戯れに詠ったとも云われている、あの二人のうた。


二つのうたを知ってから、もしかして、と思ったことは一度ではない。けれど『思い出す』ことはなく、ただ知識として予想として、考えが募っていくだけ。


思い出さなければいけない、一番大切な、記憶。


それが思い出せないことが、苦しい。今までその存在さえ思い出していなかった事実が、酷く辛い。


渉を責めるわけではなくて。渉は渉で苦しんでいる。それを私は身に染みて実感したことがある。


今回は、私が先に思い出していただけ。否、憶えていただけ、というべきだろうか。とにかく私が先に『前世』を知っていて、彼はまだ何も知らなかった。ゆめをみる、ということしか、知らなかった。


『前回』は、私が、その立場だった。


共通点がある。かみさまが戯れに作ったのかもしれない、共通点。


片方は物心ついた時から『前世』の存在を憶えている。もう片方は、思い出すまでずっと夢を見る。


それが、いつも。今回だってそれは同じ。私が初めて『最初の記憶』の存在を知ろうと、彼はいつものように途中で少しだけ思い出して、恐らくこれからももっと記憶は戻ってくる。


その思い出す記憶の中に、私が気付いた『最初の記憶』も入っているのかということは、分からない。それこそ神のみぞ知る、だ。


片方が思い出すのなら、もう片方にも思い出させてほしいものだけれど。


はあ、と溜め息を吐いて、手元の文庫本をバッグの中に押し込んだ。そろそろ待ち合わせの時間だ。荷物を持って椅子から立ち上がり、教室のドアに手をかける。からから、と軽い音を立ててドアが開く。


部活に励む生徒の声が、グラウンドから聞こえてくる。今日は吹奏楽部は休みなのか、いつも聴こえる綺麗なトランペットの音色がしない。


そのせいで少しだけ静かな校舎を出て、向かうのは駅。通学途中に私の通う高校があるというから、渉がこっちに来る、と言ってくれたのだ。


空はやっぱり青くて、あの日、を思い出す。晴れた日にあったことなんて山ほどあるけれど、あの日、を思い出すのは、一番最近の経験だからだろうか。


まだ、渉が思い出していない時代の話、だ。


「紬」