あしたのうた



思い出せる限り、夢を思い返してみても、文と一緒に過ごした時間の記憶しかない。よくある話、鍵があるとしたらどちらかが死ぬ前、だとは思うのだが。


俺は、聡太郎は、それを思い出していない。


足りない記憶は、それだろうか。そこは王道通りに、死ぬ前に鍵が隠れているのだろうか。


「紬は、いつから思い出してたの」


問いかけると、ふ、と紬が俺の手に自分の手を重ねてくる。つと俺を見上げた紬が昔から、と落とす。


「気付いたら。ずっと昔から、文だった記憶はあったよ」

「……ごめん、」

「だから、謝らないで。紬としても、文としても。謝ってほしいわけじゃないの。思い出してくれて嬉しいから」

「でも、寂しそうな顔してる」

「……それは」


口籠った紬に、ねえ、と呼びかける。紬として呼ぶべきか文として呼ぶべきか、悩んだ末に名前は口にしない。


ずっと、ひとりで抱えてたんでしょう。きっと親にも言ってないんでしょう。


それで、寂しくないなんて、嘘吐かないでほしい。


「紬、」

「今は、寂しくないよ。もう。だって、聡太郎さんがいるから」

「……文」

「ごめんね、渉。嬉しいの、ちゃんと、嬉しいよ。でもね、うん……寂し、かった」


ぐいっと、繋いだ手を引いて紬を抱き寄せる。驚いて身を固くした紬を、腕の中に閉じ込める。


紬。きっと紬は、全ての記憶があるんでしょう。俺が思い出していない俺たちのことも、文ひとりの時の記憶も、どちらかが死んだときの記憶も、きっと。


「紬は、憶えてるんでしょう、全部」

「……うん」

「思い出せなくて、ごめんね。ちゃんといつか思い出すよ。思い出すから、……待ってて、文」

「……待っています、聡太郎様」


力を抜いた紬の、その頭をそっと撫でる。身を寄せてきた紬に申し訳なくて、絶対思い出すと決めて。それがどんなに辛いことでも、文だけ憶えていて聡太郎が憶えていないなんて、そんな辛いこと。


逆の立場だったら、耐えられるか分からない。それを紬は、ずっとひとりで堪えて来たのだから。


夢。ゆめ。いつもみるゆめが、得体の知れないものが、正直怖いと思ったこともあった。思い出せない内容が、もどかしいと思ったこともあった。


今は、それ以上に。


知りたい。思い出したい。過去の記憶。前世の記憶。頼りにならないと、信じていなかったはずの、記憶と過去を。


だからって、記憶も過去も未来も、全てを信じているわけではないけれど。それでも、信じないと始まらないものもあるのかもしれない。