「……つむぎ、」
「うん。渉」
「ごめんね、紬」
いいよ、と紬がふるふると首を左右に振る。手を差し出そうとして戸惑った俺の手を、紬が無言で掴んだ。
それでも。思い出せたけれど。
まだ何か、足りないことがあるような気がした。
「ねえ、渉」
「なあに、紬」
「……夢、見ない?」
ほら、また。夢の話。
「見る、よ。……多分、聡太郎だった頃の、ゆめ」
嗚呼、そうか。だとしたら、あれは。耳の奥に残ったままの、あの声は。
────『せいご、さん』
この声は、一体誰のものなのだろう。
生まれ変わりを信じるか。過去も記憶も信じていない俺にとって、前世なんていうものは別次元だ。記憶、と言っていいのかすらわからないほど『昔の記憶』。昔ではない、前世の、記憶。
夢で見ているのがそれだということはわかる。けれど、まだわからないこともある。────そもそも俺と紬は、否『聡太郎』と『文』は、どうして生まれ変わりをしているのだろうか。
輪廻転生はあると思う。だが前世の記憶を持ったままの生まれ変わりはないのだと思っていた。その記憶も、果たして本当に信じられるものなのかという疑問があった。
思い出してみれば、記憶自体は自分の中にすとんと落ちてくる。けれど、前世の記憶まで思い出す必要はあるのだろうか。記憶なんて持たないまま、終わりが来るその時まで一緒に生きていけばいいだろうに。
だって、思い出したのに、その翌日に自分が、相手が、命を落としてしまったら。絶対に来るとは限らない明日を、どう約束するのだと。
「紬、は?」
「え?」
「ゆめ。まだ、同じ夢、見るの?」
いつも同じ夢を見ると、初めて会ったあの日、言っていたのは紬の方だ。
同じ夢、と俺の言葉を繰り返した紬が哀しそうに笑う。思い出したはずなのに、どうしてそんな風に哀しそうな顔をするのか。きっとまだ足りないことがあるのだと、けれどまだそれを思い出せてはいないのだと。
繋いだ手とは反対の手を、そっと紬に伸ばした。頬に触ると、じんわりと温かい人の体温が伝わってくることに、何故か安心を覚える。
紬は笑ったまま、少しだけ驚いたような表情をして、それでも俺の手を振り払うようなことはしなかった。
「見るよ、夢。────文だった頃の夢、も」
文だった頃の、夢。きっと紬は、ずっと昔から。
俺が思い出したのはたった今。だが、文化祭で夢の話をした時には既に、紬はもう知っていた。


