あしたのうた



生憎入ってきた方とは反対のドアに笹はくくりつけてある。二日目ともなれば大分渇いてパリパリになってきた葉を認めて、紬が隣に置いてある机の上の短冊を一枚手に取った。


まだ残りがあったらしい。少し多めに用意をしていたからなあ、と思いつつ残りはどうしようかと考える。取っておいて来年に回そうか、来年も笹提供者と同じクラスになれたらの話だが。


「村崎さんも願い事なんて書くんだな」

「疾風、紬のことどう思ってるの」

「なんか、そういうことには興味なさそうだなって思ってた」

「まあ、紬が書きに来たのは願い事じゃなくて短歌だけどさ。俺が書いたやつの返歌みたいな」

「なんだそういうことか」


それなら納得だな、という疾風を無視して、紬に視線をやる。遠目からでは字までは見えないけれど、書き終わった短冊を適当に笹にかけていた。


からから、と音を立ててドアが開く。入ってきた人影が紬を見つけるなり「いた!」と声を上げるから、すぐにそれが紬の友達であるということを認識した。


「天音、遅い」

「ごめんって! 待たせたよね!」

「……まあ、今回は許す」

「えっなんで」

「渉、またね。連絡する」

「ん。気を付けて帰ってね」


分かってるよ、と笑った紬が友達を連れて教室を出ていく。俺と疾風みたいな組み合わせだな、と思いながらそれを見送って、細かい片付けから始めてしまうことにした。


客自体はもういないようで、いつの間にか二時四十分を回っている。この時間ならフライングをしても許される時間だということは去年の経験からわかっているので、手の空いているクラスメイトに手伝いを頼みつつ出来るところから片付けていく。


その方が早く帰れるから。非日常に長い時間身を置いておくのは、好きじゃないから。


結局、紬は、何が言いたかったのだろうか。


夢。ゆめ。何の夢。いつも見る夢だとしてら、どうして。


紬に感じていた既視感も、わからないままだ。


また会えば分かるだろうか、と考える。分かる、ということは分かりたいと思っているということなのだろうか。知ってはいけない、と思ったのは何故だろう、そして。


────『せいご、さん』


思い出した、夢の中で自分を呼ぶ声が、耳から離れない。


せいご、と言っていた。自分を呼んでいるだろうことも、分かっている。けれど。


俺は、渉だ。妹尾渉。


決して『せいご』なんて名前ではないし、兄も父も親戚みんな、『せいご』なんて名前の人はいなかったはずで。


それなのに、どうして夢の中の誰かは俺のことを『せいご』と呼ぶのだろう。そして俺は、どうしてそれを受け入れて。


────ふみ、