あとで紬の様子を伝えてやろうと決めて、部誌の小説集を開く。ペンネームを五十音順に並べただけのものを何の面白味もなく冒頭から読み出した。件の同輩の作品だ。
そういえば夢の話だよ、と言っていた気がする。詳しくは読んでからのお楽しみ、とも言っていたが。
夢。どうして今日はこうも夢に縁があるのだろう。
読むのをやめようかとも思ったが、文字の上を滑り始めた視線を引き剥がすのもなんとなく嫌でそのまま読み進める。どうせ後で読むことになるのだから、結局のところ変わらないのかもしれない。
とある主人公の少年と、そこに現れる名も知らぬ一人の少女。やがて少年は自分が夢を見ていることに、今生きている世界が夢の中だということに気づく。すると世界は崩壊していって、少女の姿も消えてしまう。目を覚ますと、事故に遭って生死を彷徨っていたのだと彼女である“その少女”に言われる。後遺症もなく、退院をした少年はその事故がきっかけで少女と結婚する。
在り来たりな、よくありそうなストーリー。ハッピーエンドの物語は、登場人物たちを幸せな未来に導いていく。そうしてこの話は綺麗に閉じてゆく。
現実に、本当にこういうことはあるのだろうか。あくまで物語の一つなのだから、それを同輩に言ったら怒られそうではあるけれど。
こういった話が、嫌いなわけではない。寧ろ、安心して読むことができる分、好きな部類だ。恋愛ものは好きとは言わないまでもそれなりに読むこともあるし、面白いものは素直に面白いと、感じることくらいはある。
ただ、夢、が。今はどうしても引っかかってしまって。
────『せいご、さん』
夢でそう呼ばれたのを、ふと、思い出した。
「先輩、妹尾先輩」
「ん、あ、ごめん」
また思考の海に沈み込みそうになったのを、後輩の声が引き留めた。顔を上げると、後輩が受付席から部誌を掲げて見せてきている。
「いえ、呼んじゃってすみません。これ、部誌ってこれで最後です?」
「うん、それで最後。売り切れそう? 残るようだったら火曜から密かに配布になるんだけど」
「まだ来るって言って来てないのが何人かいるので、減るかとは思いますけど……売り払うのは無理ですかねぇ」
「とりあえず、飲み物売り切ればいいよ。部誌の方はなんとでもなるから」
「分かりました!」
年四回発行する部誌のうち、販売形式なのは文化祭号のみ。文化祭という行事だからなのか外部の人が入るからなのか、文化祭だけは販売をしてその分の売り上げをコピー用紙代に回している。本来なら売り切るのが目標なのだが、存在すら知られていないような部なので、差し当たって賞味期限のある飲み物を売り切るのが目標だった。


